対決1 敵対勢力と対面しよう
その日は、晴天だった。
坂の上の神殿から見渡せる限り、リトナ中が青い空の下にあった。この町特有の白く塗られた建物の壁が、目に眩しい。
「晴れてよかったですね」
ジーンが言うと、ポリーが移動式の机の脚を固定しながら笑った。
「ユーリオが居るのに、降るわけないわよ」
相変わらずのユーリオ人気だ。まあ、確かにここに来てから雨は休漁日と夜にしか降っていないのだから、この神殿に晴れ男がいるのは本当かも知れない。くすりと笑って、ジーンは真っ白い布を机に被せた。
商品は順調に売れていく。
やはりお守りが一番人気で、その次にクッキーがよく売れた。ジーンも売り子として、主にレジ周りを任された。
ユーリオは、直前までジーンに売り子をさせまいとしていた。けれどジーンもひかなかった。ここで出て行かなければ盾の意味がないのだ。そのため、ユーリオはジーンの側に貼り付いている。
他の大人も皆、どこかそわそわとしている。そしてジーンを客から少しでも離そうとする。最終的に、道から一歩奥まったレジ周りが定位置になったのだ。
異変は、午後を少し回ったところで起きた。
お守りはもうあらかたはけて、後は小物とクッキー、揚げ菓子が少しだけ。会計用の小銭入れの前から台の上を確認していると、ふと周囲の空気が変わった。
不思議に思って背伸びをすると、通りの向こうから数人、こちらに近づいてくる人がいる。
その先頭の人物を見て、ジーンは目を奪われた。
美しい女性だった。
真珠のような白い肌を覆う長い髪はまるで銀糸のかがやきで、差し掛けられた日傘の陰だというのにその人自体が輝いているかのように見えた。
周囲の視線を感じていないのか、ゆったりと、あくまで落ち着いた足取り。自然と割れた人波にも、当人は当然といった表情だ。
波の音さえ聞こえる静寂の中で、彼女は立ち止まった。
そうして、まっすぐにユーリオを見た。その視線には、まるで最初からそこには彼一人しかいなかったかのように、微塵も迷いが無い。
「貴方が、ユーリオ・リトナかしら?」
「……はい。そうですが。貴女は」
ユーリオの声がいつになく硬い。
それでジーンは、一足先に彼女の素性を察した。そして、そのときにはいつの間にか彼女と自分の間にユーリオがいた。
遮られた視界の向こうで、鈴のような声がする。
「わたくしは、シーラ。貴方の婚約者ですわ」
人々の間にざわめきが波のように広がった。
その波はジーンの胸にも到達して、鼓動を揺らした。どうしても相手の顔が見たくて、そっと立ち位置をずらす。
「そのお話でしたら、とっくにお断りしたはずですが」
ユーリオはあくまで外行きの声を出した。ジーンの場所から僅かにうかがい知れる顎のラインを見た限り、顔は真顔のようだ。
丁寧ながらも、はっきりとした拒絶だ。
「まあ」
対する女性は、驚きの声を上げつつも、どこまでもゆったりと首をかしげた。
「ですが、父は、貴方は受ける、と」
さもそれが決定事項のように、彼女は言った。
「ですからわたくし、今日はユーリオ様のお顔を拝見しに来ましたの」
ふふふと微笑む。
その陰りも不安も微塵もないシーラの顔。商品台の陰で握りしめられたユーリオの拳。
それらを見たら、ジーンはもう何も考えずに動いていた。
ユーリオの体を押しのける。そしてシーラの目の前に出る。
「ユーリオは、私の婚約者です!」
辺り一帯に響き渡るほどの大声で、ジーンは叫んだ。
一瞬呆気にとられたか、出遅れたユーリオにすぐに肩を掴む。
「ばかッ待てこら」
おおっと周囲はどよめいた。
日傘の下のシーラの目が、ユーリオからジーンに移される。ユーリオがジーンを後ろに押し戻そうとするが、ジーンは両足を踏ん張った。
シーラが、突然湧き出た人影を怪しむように目を細めた。
「貴女、どなた?」
「私はジーン・エレナンです。エレナの太陽神殿総本部から参りました」
「エレナ……!」
「本部だと…ッ?!」
「なぜエレナがリトナに手出しをするのだ?!」
シーラの返事はなかったが、周りにいた男たちは一斉に色めき立った。ジーンはもう一押し、と声を張り上げた。
「私とユーリオの婚約は、エレナも承知のことですが何か?!」
「何を!?」
「ジーン、下がれ!」
男たちがこちらに踏み出した瞬間、ジーンの目の前が暗くなる。
ユーリオが半ば抱えるようにしてジーンを隠したのだ。それからユーリオの胸が大きく息を吸い込んだ。
「お聞きのとおりだ!私ユーリオ・リトナはこのたび、エレナの神殿から賜ったこのジーン・エレナンと婚約した!この意味は、そちらも理解できるだろう」
ユーリオの腕の中、ジーンの心臓が早鐘を打つ。ここは自分が盾となれるかどうかの第一戦だ。顔をだそうにもびくともしない拘束に、せめてと耳をそばだてる。シーラかその取り巻きが動いたなら、ジーンもなんとしてでも動くと決めていた。最悪ユーリオの足を踏みつけてでも。
しかし、上がったのは別の声だった。
どっと起こったどよめきの次には、祝の言葉。
「やったなユーリオ!」
「おめでとうユーリオ!」
「とうとうお前も年貢の納め時か」
シーラ一行を遠巻きにしていたはずの街の人々の声が押し寄せてくる。
鬨の声ではなく歓声の波だ。ユーリオは販売用の台越しに頭を撫でられたり肩を叩かれたりと、手荒いほどの祝福を受けている。
「さっきから、怪しいと思ってたのよ、可愛い娘さんがいるから」
「ジーンさんだっけ?おめでとう!」
「あ、ありがとうございますッ!」
自分にも向けられた祝福に、驚きつつも、感謝を述べる。
「おい、この幸せ者!ジーンさんの顔もう一度見せろよ」
「駄目だ、お前らに見せると減る」
なんだと、と素っ頓狂な声を出す若者に、どっとまた笑いがわく。
そして気づけばそれらは遠ざかり、ジーンはいつの間にか神殿の中にいた。様々な祝いの言葉に返事をしながら、ユーリオが少しずつ屋内に引っ込んでいたのだ。




