疑惑八と半分、その男は隠し事をしていますか
やるべきことは分かった。
さしあたって衝突が起きる可能性が高いのは、次のバザーだと予測も立っている。
ということで、残る問題は一つになった。その問題を、今から解決するのだ。大体ジーンは、何もしないで待つということが苦手な性分だ。ただし、目的のための待ち伏せならいくらでも仕掛ける。
サンダルのぺたんぺたんという音が近づく。じっと見つめる床の上に影が差した。
その瞬間、ジーンは柱の陰から飛び出した。
「ユーリオ!」
「うわっ!?」
危うく足を踏まれかけた人物がのけ反ったところを、手で引き留める。筋張った腕は、本気で振り払われればジーンなどあっさり離れてしまいそうで、すかさずもう片方の手も添えた。
「な、なんだ。ジーンか……びっくりしたぁ」
本気で驚いたのだろう、彼は顔を引つらせていた。
「突然ごめんなさい。でもこうしないと話せないから」
はっきり言ってやると、ユーリオがうっと唸った。自覚は、もちろんあるのだろう。
「なんで避けているの?」
「避けてなんかないけど?」
「貴方にしては下手な言い逃れね」
ジーンはぐっと手に力を入れた。ユーリオの逸らしたままの目が、ちらりと捕まれた腕を見る。
答えを聞くまで離すまいという強固な意思を感じたのだろう、はあ、とため息と共にその腕がだらんと下ろされた。
ジーンは唇を湿らせ仕切り直す。
「とにかく。今の貴方の態度は、良くないと思うの。私たちの目的にとって」
ユーリオが警戒するように目を細めた。
「目的?」
ジーンは落ち着いて頷き、ゆっくりとまた口を開く。
「そう。支部の攻勢を抑える目的」
「……誰から聞いた?」
バーナムさんに、と言うとユーリオの腕が手の中でぴくりと動いた。それから早口で言い立てる。
「気にしないでいいから。そっちは俺が何とかするから、あんたは神殿の中で自分の調査だか査察だかをしてればいいから関わらないで」
完全に突っぱねるような口調だ。そのことに、ジーンは怒るよりも先に驚いた。
「ちょっと待って。何それ、どういう意味?」
「そのまんまの意味だよ、これは俺たちの問題だし、あんたは仕事を終えたら無事に帰らないといけないんだし。バーナムがなんて言ったか知らないけど、危険もかなりあるんだ。もう、これ以上あんたを危ない目に合わせるわけにはいかない」
ああ、と思い当たった。
「まさか、溺れかけたことを気にしている?」
「死ぬかと思ったんだ。当然だろ」
ユーリオは憤慨したように藍色の目を尖らせた。
それを見て、すとんと落ちた。
ああ、この人はやっぱり、いい人だ。だらしないとか、魅力がないなんて、マリエを煽るための嘘だ。でもこれは、これ以上考えてはいけない気がする。
急いで、言葉を紡ぐことに意識を集中する。
「……結局助けてくれたじゃない。言いそびれてたけど、本当に、ありがとう。あんな暗い時間に海に飛び込むなんて、ユーリオだって危なかったのに」
「……いや。俺にとっては、何も危険はないから。危なかったのは、本当に、あんただけで」
「百歩譲ってそうだとしても、ありがとう」
ユーリオが苦しげに唇を引き結ぶ。
自分の子どもが起こしたことだと責任を感じて、素直に感謝を受け取れないのだろう。
でも、ジーンだってすでにここの子どもたちに情を感じているし、何度も助けてくれたユーリオに恩を感じている。だから、出来ることは返したいのだ。出来ないことも多いからこそ。
そのために、なるべくユーリオの気持ちが軽くなるように言葉を選ぶ。
「危ないかもしれないってことは、バーナムさんからも聞いているの。でも、他の女の人が婚約者を演じるよりは私の方が、太陽神殿の文官の肩書がある分、抑えが効くし安全なはずよ」
「それは表向きで、むしろ対立派閥のあんたは余計に憎まれる。そもそもあんたは自分の仕事をしに来ただけで、本当はこんなことに関わる必要、ないだろ」
ユーリオはローランを知らないのだ。ジーンは首を横に振った。
「監査は悔しいけど、多分ついでよ。私の上司も、実際はそのために私をここに寄こしたんだと思う。私の存在で神官派を牽制して、その間に彼らの力を削ぐ策を講じろってことなんでしょうね。だから、私はこの役割を全うする」
そしてにっこりと笑ってみせる。これは仕事でもあるのだから、気に病まないでほしい。そう伝えたつもりだった。
しかし。
「……上司が言ったら、何でもするんだ」
気のせいか、ユーリオの発する空気が冷たい。
「え?」
聞き返すが、かわされた。
「いや、何でもない。仕事だもんね」
「え、えぇ」
「ジーンは、バンバン仕事して、出世するんだもんね」
「……ええ」
なんだかまた急降下したユーリオの機嫌に戸惑い、ジーンは話題を変えることにした。
「ええと、それで、結局どうして避けてたの?」
「……教えない」
「それじゃあ直せないから聞いてるのに」
「じゃあ……ないでよ」
「え?……痛っ!」
聞こえないほどの小さな声を聞き取ろうと、少し近づけた耳を、軽く引っ張られる。
「なーんでもない。分かった分かった、俺が今まで通りこうやってベタベタ触ってればいいんだよね!」
「そういうことじゃないでしょ?!」
しょうがないなあと言いながら、ユーリオが肩に手を回してくる。それを即座に払いのける。
怒ったりふざけたり、全く意味が分からない。「もう!真面目に…ッ」
ジーンはとうとうかっとなった。しかしユーリオの方はすでにいつもの調子で柳に風。
「ジーンのリクエストだもん、しっかりお応えしないとねー?」
「そんなこと頼んでない!」
なんだかんだで質問の答えを煙に巻かれたと気づいたのは、布団に入る頃のことだった。




