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疑惑八、の検証

夜半、神官たちは神殿の周りを見廻る。とはいえ大抵その仕事は、バーナムが行っている。おそらく一番若いからなのだろうが。

そのため、ジーンは決まった時間に柱の陰から姿を現すだけでよかった。

「待ち伏せか。太陽神殿の人間は行儀が悪いな」

「賢いと言ってください」

首尾よく目的の人間と二人きりになれたジーンは、嫌味を適当に聞き流した。バーナムの方が毒気を抜かれたように息を吐き出した。

「何の用だ」

話が早い。ジーンは一歩近づいた。

この男はかなり長身のため、目を合わせると首が痛い。しかし、声を潜めたいのだから、離れてはいられない。

「支部の方が、今までにこちらにどのようなことをしたのか、教えて下さい」

仕事用の『感じのいい質問のしかた』だと、もっと遠回しなのだが、バーナム相手に太陽神殿の文官色を出してもよろしくない。そう考えた結果、ジーンの言葉は不躾なくらい単刀直入になってしまった。

至近距離にあるバーナムの腕が、ぴくりと動いた気配がした。

「聞いてどうする」

「私は正しく判断したいだけです。今、ここにいるのは、他の人が気を遣って私に言わないことも、バーナムさんなら話してくれると思ったからです」

バーナムにはおだてなど通じない。だから、バーナムがジーンに邪険な態度をとっていることを示唆することも敢えてさけない。そのままじっと見つめる。

薄い水色の目は、陰に紛れて色を見せない。少しの動揺も怒りも読み取れない。

「それを聞いて、自分は支部の人間とは違うとでも言いたいのか」

首を横に振る。

「口で何を言っても、貴方は信じないでしょう。それより、この情報を私に話すことで海神殿が損をすることはありませんよね?だって、もし私が支部と繋がっていたら、既に知っているはずのことですから」

バーナムが組んだ腕にため息を落とした。

「始まりは、半年ほど前だ。噂によるとその頃、あちらの支部に新しい人間が来たらしい。奴らは、バザー前日に入り込んで商品をめちゃくちゃにした。前回は、当日神殿前で騒ぎを起こされた。このときは、町の人間の批難が集中して、奴らも表立って攻撃するのはまずいと思ったようだが」

つまり二カ月前、支部と海神殿は直接ぶつかり、町の住人たちが海神殿についた。このことは恐らく広く知られることとなったのだろう。

「その後は、何事も?」

「まさか。脅しが続いている」

「脅し」

「もともと奴らが要求してきたのは、支部の神官長の娘を、ユーリオに娶れということだった。つまりは海神殿を吸収して食いつぶそうということだ。リトナは歴史的に圧倒的に海神殿の方が有力だからな。それも、神殿というよりはユーリオの血筋に支持が集まる。それを奴らもしばらくこの土地に住み着いて、理解したんだろうよ。おおかた子をなせば支持を取りこめると思われたんだろう……しかも連中、さもなければ、子どもたちもただではすまないと言ってきた」

ユーリオが独り身であることにつけ込まれたということだ。孤児達を引き受けて、ユーリオが恋愛から縁遠くなってしまった経緯を知るバーナムらにとって、それは大層苦い味だったろう。理由をつけて断ろうにも相手がいるでなし、急造しようにも相手に被害が及ぶ可能性が高い。

「その流れで私が派遣されたということは、ロー……エレナの太陽神殿はその要求を知っていたのですかね。いえ、間違いなく知っていたでしょう、あの人なら」

ジーンは敬愛すべき食えない上司の顔を思い浮かべた。派閥のことなど頭になかったから考えつかなかったが、敵対勢力がいるならばローランは、たとえそれが陸の果てだろうと、情報を得ているはずだ。特に、自分の部下を長期間送りこむような場合に、下調べも無しなどあり得ない。半年前、支部に神官派の中でも急進派の人間がやって来た。そして、リトナ地域を手中に収めんと、海神殿の制圧に動き出した……

「私はお前の上司の手紙を読んでいないから、そこは知らん。ただ、ユーリオは恐らく、その辺りのこともあって、お前を婚約者として受け入れると決めたのだろう……ちなみに脅しの詳細は俺とユーリオ以外知らないが、支部の娘との婚姻話は、ここの大人全員が知っている」

「なるほど、それで婚約者候補だなんて肩書きが皆さんにも受け入れられた訳ですか……」

ローランの意図としても密告書の疑惑云々よりも、こちらの役割が本命だったのだろう。

ユーリオは初めて会った日、太陽神殿は跡取り問題を心配して婚約者をよこしたのではと言っていたが、それは、いろいろ事実をぼかした言い方だったのだ。真相は、海神殿とその血筋が神官派に乗っ取られることを心配した原典派の提案に、ユーリオたちが乗ったのだ。それは、原典派の文官娘の方がまだ受け入れられるという苦渋の決断だった。ジーン本人が仕事が済めば帰ると主張したことは、ユーリオとしては願ったり叶ったりだっただろう。

――ローラン様もユーリオも、さんざん振り回してくれちゃって。それならそうと最初から言ってくれればいいのに。

そうため息をついたところで、ふと気付く。事前に言われていたら、反発したかもしれない。実際ユーリオに初めて会って『婚約者』という肩書きを聞いたときは、かなりのショックを受けた。ということは、ローランが言わなかったのには、ジーンにも原因があるのか。

苦々しい気持ちで、口を開いた。

「……私の役割がやっと分かりました。神官派の支部に対する海神殿、原典派双方にとっての壁。そのためにここにいるんですね」

不思議なことに、それ自体に反発は感じなかった。ここの人々と関わった今となっては、海神殿を守るために自分が必要ならば、その役割をつとめることに異論はない。子どもたちを騙しているようなのはやはり気が滅入るが……居なくならない婚約者を望んでいるマリエに、せめても、婚約者が居なくならなくて済む安全を残せるなら。

指先が硬く滑らかなものに触れる。無意識に胸元の花貝を探していた。

バーナムは、しばらく黙り込んだ。はるか頭上からジーンをじっと見下ろしていたが、やがて口を開いた。

「お前は、それでいいのか」

「はい」

「言ってしまえばユーリオは、支部に否と言えるなら誰でもよかった。お前自身が望まれた訳ではない」

「まあ、そうですね。必要なのは肩書きと性別ですし、さらに言えばどっちの方がちょっとましかという選び方ですし」

バーナムは正直者だなと、ジーンは思う。そんなことをはっきり言う必要はないのに。

「それなのに危険にさらされるかもしれないんだぞ」

これも、念を押す必要はない。

「子どもたちよりは頑丈ですよ」

腰に両手を当てて言ってみせた。背は低めだが、健康体力には自信がある。

しかし、バーナムは、眉間に皺を寄せた。

「……やはり怪しすぎる」

「……確かに何派だろうと、私が太陽神殿からきた人間であることは事実ですけれど……今さらでしょう」

またそれか、とジーンも隠すことなく顔をしかめた。バーナムがそれを咎めることはなかった。

「いや、自分の得どころか危険にしかならないことを縁も義理もない、しかも他の神殿のためにやろうというのが、信じられない」

ジーンは口を大きくあけた。

「それ、本気で言っています?」

「どういう意味だ」

「縁なら出会った時点で感じてますし、泊めてもらってご飯を一緒に食べていることは、バーナムさんにとっては義理にはならないんですか?大体他の神殿神殿言いますけど、私たちの信じる神は、そんなに心の狭い存在ではないと思います」

バーナムが、暗がりでも分かるほど顔をしかめた。

「……ふん」

「……生意気なことを言ってすみません」

今さらだが、一応謝っておく。共通の目的が理解出来たとはいえ、目上の副神官長相手に偉そうだったかもしれない。そもそもジーンの物言いは教典の解釈が自由過ぎると注意されがちなのだ。

「全くだ。ユーリオの妻には、もう少し落ち着きと慎みが欲しい」

「は?」

今、なんと言ったか。真意を図りかねて目をこらすが、すでにバーナムはこちらに背を向けるところだった。

「時間を食った。見廻りを続ける。お前は部屋に戻れ」

「あの」

バーナムは呼びかけに答えることなく、そのまま神殿裏へ消えていった。


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