疑惑七、その子どもたちは悪事に利用されていますか(二)
ユーリオとバーナムが帰ったとき、この海には珍しく強めの風が吹いていた。
彼らは到着次第、神殿周りのとばされそうなものたちを片付けようと決めていた。しかしそれは今、足下に群がる子どもたちに足留めされている。
「ジーンがいない?」
子ども達の悲痛な声を聞き分けたところによると、彼らは口々に、ジーンを探してくれと言っているようだった。
「まさか町か」
ユーリオがきびすを返そうとしたところで、別の声があがる。
「違うと思う。だって。ジーンさんはマリエを探しに行ったんだよ」
「何かあったのか?」
小さな顔を見回す。そこに怯えを見つけて、ユーリオは、自分はきっと怖い顔をしているのだろうと思う。しかしどうしても顔が強張る。
「怒ったりしないから、教えてくれ」
なんとか静かな声を出す。
「ごめんなさいッ……僕が、マリエに言っちゃったんだ」
「マチス?」
普段からひょろりと白い少年は、これ以上ないくらい青ざめていた。彼は半ば泣きながら口を開いた。
「今日……ジーンさんに、て、手紙が、来たって。それで、ジーンさんがユーリオに、孤児院がどうのって話をしてたって……」
マリエか、とここ数日の少女の暗い表情を思い出し、かすかな予感を抱く。
「……マリエはどこだ?」
ぴちゃぴちゃと波が押し寄せる。
先程まで見えていた大男のような岩は、もう子どもの頭ほどしか見えない。
ジーンは小さな洞窟の中で、暮れていく海の空を見つめていた。
ここに来たとき、まだ空は十分に明るかった。けれど、海面があっという間に上昇し、小さな洞窟の中で身動きがとれなくなって、はや数時間。ジーンは己の不甲斐なさに腹を立てていた。
海についての本は、たくさん読んだ。海は時間によって広さ高さを変えるのだと、それを潮の満ち引きというのだと、知っていたはずなのに。それを、こんなに海の近くに来たというのに思い出しもしなかった。知識が生かされなかったことが、腹立たしい。
海に近いなんてものではない、むしろジーンは今や、その海の中にいる。ひたひたと迫ってきた水は、洞窟の中でも一番大きな岩の上に立ったジーンの靴を浸食している。
だからといって抜け出そうにも、洞窟の入り口は既に海に沈み、その先の岩場も恐らく波の下だ。そしてジーンは泳げない。
なかなかに絶望的な気分だった。
ジーン1人ではどうしようもない。けれど、それでは誰かが助けに来たとして、なんとかなるものだろうか。この夜に差し掛かった薄闇の中、
足もつかない深い海。助けようとした誰かがおぼれてしまうのではないか。そんな危険なことを、よそ者の自分のためにするだろうか。
はあ、とため息がこぼれた。最悪顔だけでも水から出ていれば、生き延びる見込みはある。あとどのくらい水位が上がるかで自分の生死が決まることは、あえて考えないようにする。
「泳いでみようかな?……うん、それも、可能性としてありよ」
腰より水位が上がったら、一か八かにかけることを決める。もう、膝まで海に浸かっているのだ。
つん、と鼻の奥が痛くなったが、潮の匂いのせいだと決めつける。
泣かない、と目もとに力を入れた。自分は一人前の文官なのだから。今も任務中…とは言いきれないが、とにかく大人なのだから。
先刻、マリエにネックレスのことを尋ねると、洞窟に捨てたと目を合わせることなく、言った。それを完全に信用したわけではなかったが、マリエの言う場所がどんなところか見ておこうと思った。行くことに意味を感じたから、来たのだ。つまりこれは、自分で決めたことだ。
「自分で選んだことなんだから、泣いちゃだめだよ」
誰もいないから、自分で自分をしかってみる。
そうでもしないと本当に泣きそうだった。
「暗くなったら目を閉じていればいいし、…その前に泳いだっていいし…」
夕日がジーンのことなんてお構いなしに沈もうとする。洞窟の中はすでに自分の足先さえ見えない暗さなのに、完全に日が沈んだらどうなってしまうのか。
「……ええと、ほら」
何かしゃべろうと思うのだが思いつかないで、ジーンは唸った。どんどん高くなる波の音にパニックになりそうで、何かしゃべらなくてはと焦る。水は、とうとうジーンの腰骨に達した。
「もう…!分かってるよ、行くよッ」
ジーンは泳ぎ方など知らない。けれど、海水を飲まない方がいいことは知っていた。口と鼻を押さえて、ジーンはとうとう海に一歩踏みこんだ。




