疑惑六、その神殿は排他的ですか(四)
「んーと…ジーンはさ、どういう派閥があるかも分からない?」
「はい」
悔しいけれど、認めるしかない。
ジーンがこっくりうなずくと、ユーリオは後ろ頭を搔いた。やはり、困っている。
「あの、迷惑だったら、やっぱりいいです」
そもそも身内の太陽神殿のことを外部の人に聞く方がおかしいのだ。
「いや、迷惑っていうか、あんたがさ、嫌な思いしないかなと思ったんだけど」
「構いません。知りたいですから」
真摯に見つめ続けていると、気遣うような視線を送っていたユーリオが、ふぅと息を吐いた。
それから彼は、祭壇のある一段高くなったところに行儀悪く腰掛けて、座れというように隣を叩いた。
そこへ、壁に数枚だけはめ込まれた色ガラスから、赤や黄色の光が落ちている。ジーンは不敬をたしなめるべきか少し迷ったが、ほうきを床に横にして、少し隙間をあけて座った。聖堂内に誰もいなくなっているのを確かめてから。
「うちは太陽神殿じゃあないから、細かいことまで知ってるわけじゃないけど…まず、そうだな、あそこには大ざっぱに言って、二つの大派閥がある」
ユーリオが親指をたてる。
「一つは、原典派。『数多の神々がこの世界を支えている』っていうのが基本方針だよな。だから、太陽神が元締めだとしながらも、他の神もあまり蔑ろにしない」
人差し指が立てられる。
「二つめが、神官派。この呼び方は俺たちが使ってるだけで、本人たちは言わないけど。…まあ、他の神を一段下に置こうとするというか、むしろいないものとして扱うから、当然他の神殿と折り合いが悪いわけだ」
ジーンは、うっかり肩を揺らした。ちらりとユーリオがこちらを見たのが分かった。
大丈夫かと目で問われて、頷きながら呟く。「教典には、神の上下なんて書かれていないのに」
ユーリオにぶつけても仕方がないと分かっているのに、堪えきれない怒りが声に滲んでしまった。
「うん。そう言うってことは、あんたは原典派なんだよ」
「知りませんでした」
「ちなみにあんたの上司もね、原典派の中で結構有名人」
「知りませんでした…」
「初対面で出世したいなんて言ってたから、てっきりあんたもそういう渦中にいて、権謀術数なんだかんだやってるもんだと思ってたよ、俺は。ははは」
ユーリオの笑いに疲れが滲む。
しかし、思考の海に沈んでいたジーンはそれどころではなかった。
あの食えない上司は、がっつり派閥の中心人物だったらしい。それなのに、彼のもとで出世を目指していた自分が何も知らなかったのかと思うと、膝から力が抜けるようだった。外部の、こんなに離れたところにいるユーリオですら知っていたのに。
「……本当に…」
――恥ずかしい。
その一言に尽きた。
婚約者候補として送られたと知ったとき、女性だからと駒にされた、と思った。
でも、実際には何一つ知らされない蚊帳の外にいた。
――全然、一人前なんかじゃないじゃないか。
床にめり込む勢いで項垂れたジーンに、ユーリオは言った。
「まあさ、大事にされてたってことなんじゃないの?」
「慰めは要りません」
ショックが口調をとげとげしくしたが、ユーリオは怒らなかった。
「慰めっていうか、事実だよ」
「事実?」
「そ。普通神殿ってさ、派閥の人数が多いほど有利だから、孤児を子供のうちから洗脳して、自分たちの手駒にするんだ。それを、あんたは何も知らされてないんだから」
やさぐれたジーンはなおも言うのを止められなかった。
「知らされないことの何が良いんですか?……頭数にすら数えられてないだけじゃない」
ユーリオはひどく優しく笑った。
「あんたが知らないのは、派閥の争いとか、排他的な見方とか、そういう醜いものだよ……そんなのないから、俺たちの神殿を見ても、あんたは変だとかいけないとか、蔑まない」
「…でもそれは、『原典派』だからなんでしょ?」
これもまたジーンを落ち込ませていた。
自分の考え方も信仰も、自分のものだと思っていたものが誰かに操られていたような不信感。指先一つ動かすにも躊躇われるような、所在なさ。
「ぶふっ」
「…何か?」
誰の目にも落ち込んでいただろうジーンに、ユーリオは吹き出した。
「いやぁ、すごい顔してるから。あー悪い悪い。うーん、そうだな、原典派でも排他的なやつは多いけど?」
「それ、フォローじゃないです」
「つまりなんにしろ、俺たちからすれば、あんたが今のあんただったことは、喜ばしいことだよ。それにそもそも、あんたのことを知らせてきた差し出人の名前が原典派の有名人だったから、俺はとりあえず受け入れてみた。で、やって来たあんたは原典派どころか、派閥すら知らない真っさらなお嬢さんだった。……ちなみに隣町の神殿支部は、神官派だよ」
それを聞くと、やはり自分は原典派の手駒でないとは言えない、とジーンは思った。結局は派閥の名前で括られる動きの中に、こうして組み込まれているのだから。
自分の役目を知らされなかっただけだ。
そして、それは信用されていないのと同義で、ジーンにはひどく屈辱的に思えた。一人前になったつもりでまだまだ出世するのだと息巻いていた自分が、周りにはさぞかし滑稽に見えていただろうと。
ため息をついたジーンの視界で、青いものが動いた。
「この衣装とか、あちらさんには大不評」
ユーリオがひらひらと衣装の袖を揺らしている。
まあそうだろう、とジーンは濃紺の衣を伏せた目でたどりながら聞く。
「祝詞もさ、神官長が唱えないとは何事だ、とかって」
「…確かに、珍しいとは思いました」
「ほら、うちの海神殿は世襲でしょ?ろくにしゃべれない子どもが神官長ってこともあるからさ、だから祝詞は副神官長の役目って決まってるんだよ」
「まあ、それはそうだろうけど、大抵はしゃべれない間だけ代理をたてるでしょうね」
にやっとユーリオの目が細くなる。
「気付いちゃった?実はさ、どっちかって言うとメインはこっちなんだ」
ちょいちょいと手で招かれて、少し顔を寄せると、耳打ちの体制になる。
「祝詞は人から神に捧げるものだろ?あの言葉、バーナムが唱えるから祝詞だけど、俺が下手に喋るとなぁ。聞いて驚け、本当になっちゃうんだよ」
ジーンはそっとユーリオから離れると、視線を彷徨わせた。
「……えーと」
どういう反応を期待されているのか。笑い飛ばすべきか、それとも真面目に聞くべきか。聞くのであれば言葉通り信じたふりをするのか?何かの符牒ととるのか?
「あ、信じてない。これ本当のことなのになー」
「…信じてるとは、言えない」
ぷっとユーリオは吹き出した。
「正直だな!ねえ、参考までに聞くけど、内容的に信じられない?それとも俺が信じられない?」
「どちらかというと後者よ」
傷つくわー、ぐっさりきたわー、と大げさに胸を抑えたユーリオは、そろそろ着替えるからと立ち去った。
ジーンもそんな彼に呆れつつ、ほうきを持って立ち上がる。
用具入れの扉を開けながら、ふと自分がどん底まで落ち込んでいたことを思い出した。話がそれたせいで一瞬忘れていたのだ。
――わざとだったりして。
まさかね、とジーンは自分の思いつきを打ち消した。




