疑惑六、その神殿は排他的ですか(三)
ぼーっと生きているうちに半年もたっていました。それにも関わらず拙作を読んで下さった方々には、本当に感謝、陳謝です。
参加者が着席すると、バーナムが不思議な旋律で歌い出した。それに合わせて、集まった者達も歌う。
ユーリオがまだいないのに、とジーンが思ったとき、祭壇の陰から亜麻色の頭が現れた。歌は一層大きくなり天井の高い聖堂に響いた。
その間にユーリオの全身が現れる。
ジーンは瞬きした。ユーリオが別人に見えたのだ。いつもはその辺によくいそうな軽い青年風だが、今の彼は、大神官のローブを着ているせいか、近寄りがたく、そう、神々しいという形容がぴったりくる。
よく見ればそのローブの下は素肌で、胸元にきらきらと輝く大小の真珠の飾りが、濃紺のローブの間で、さざ波のように揺れる。
彼は滑るように歩いていく。歩いているというよりも、まるで泳いでいるようだ、とジーンは思った。
ほどなく彼は、祭壇の正面に立った。歌が、止む。
その後の儀式は、大変簡単なものだった。
祝詞は全てバーナムが読み上げた。かなり訛りの強いそれは、ジーンには半分も分からないものだった。子どもたちとの会話で困ることはないから、祝詞の言葉がこの土地の言葉でもかなり古いものであることがうかがえて、神殿の歴史を感じさせる。
その間ユーリオはといえば、祭壇の前に立って聖堂に集まった人々を見下ろしていた。そして、祝詞の終わり頃に一度、両手で持った三叉の戈を頭上に掲げて一言発したが、そのくらいだ。
神官長が祝詞を読み上げない、説法もしないで終わる儀式など、太陽神殿では考えられない。正直なところ、ジーンはかなり驚いた。そして、この形態の違いも神官長の資質への不満や中傷の一因になっているのではないかと思った。
だが、帰っていく人々の顔を見れば、皆満足げにほころんでいる。老若男女問わずそうなのだから、ユーリオのファン故ではないのだろう。ならばこれがこの海神殿の神事の正しいあり方なのだと、ジーンは思い直し指を一つ折った。
ふと視線を感じて顔を上げれば、バーナムがこちらを見ていた。
「ユーリオったら今日も最高だったわ!」
「ありがとう。そういってもらえるとやる気出るなぁ」
「次も楽しみにしてる!」
「また店にも寄っとくれよ」
「うん、喜んで」
彼が何か言うたび、きゃあきゃあと賑やかに女性たちが騒ぐ。その脇を通る男性陣は、苦笑しながら片手を上げて挨拶していく。
また逞しくなったの何のという神事と不似合いな言葉も耳に入って、ジーンは思わず目を丸くして輪の中心人物を見てしまう。
薄手のローブの合わせ目からは、どうしたって素肌が覗いている。本当に正式な着方なのか、初日に話したときはローブの中に服を着ていたはずだがと一瞬訝しむが、バーナム監督の下こうなのだから、間違いではないのだろう。ただ、白と金のローブの見るからに厳粛な太陽神殿の神官長とは、かなり雰囲気が違うなと思った。太陽神殿のほうは、その上頭に王冠にも似た冠を被るのだ。
小さかったジーンはそれが不思議で、太陽神様は王様なのか、それとも神官長が王様なのかと神官に聞いたことがある。そのときの神官が目を丸くしただけでジーンの不敬を咎めず、誰にもそれを言ってはいけないと教えてくれたので、今のジーンがいる。
リトナの海神殿の装束は、大変開放的であるものの、不思議とこの海辺の雰囲気の中では違和感がない。少なくともあの冠よりもずっと……と考えかけて、慌てて目の前の作業に集中した。
飾った花や祭器の片付けがすんだころ、ユーリオがぶらぶら歩いてきた。ファンクラブの女性たちは解散したらしい。
意外と早いのは、皆忙しいからなのかある種の節度があるのか。
「うちの集会のご感想は?」
ユーリオに尋ねられて、ジーンはほうきを持つ手をしばし止めて、答えた。
「その、集会っていうのは不思議な呼び方ね」
「そこ?」
「え?」
「太陽神殿とはだいぶ違ったろ?」
「ええ。祀る神様が違うんだもの、考えてみればそうなるわよね」
真面目に答えたつもりだったが、彼の求めるものとは違ったらしい。ユーリオは少しじれたような声を出した。
「だからさ、いろいろ違ったろうけど、平気だったかってこと」
ジーンは首をかしげた。何を言っているのだと思った。
「それは、いろいろ驚いたけど。でもそれは当然でしょう?同じ神を祀っていてさえ、教典が違っていくんだから」
「それこそ、同じ神を祀っていてさえ、些細な違いで争いになるだろ?」
「争い?え?」
「え?」
数秒無言で見つめ合う。ユーリオの視線に甘さは微塵もないので、ジーンの側に照れもなかった。ただ、不可解なものを見るような目をされて少々不満だった。
「…あんた本当に神殿育ちの文官なんだよね?」
「失礼ね。赤子の頃から神殿育ちよ」
「それで文官にまでなったのにこの純粋培養とか、あり得ないだろ」
「何が純粋培養なの」
「だってずっと一カ所に染まってればさ、普通どっちかに偏るし、対立してるの分かるだろ。特に太陽神殿の総本山なんて、一番派閥のぶつかり合いでどろっどろじゃないのか…っと」
ユーリオが口を抑えた。
「悪い。……大丈夫か?」
何が悪いのだろう、そして何を気遣われたのだろうと考える。
それから、自分が黙っていることを傷ついたからだと思っているのだと気付いて、首を横に振る。
「大丈夫。ちょっと考えていただけ」
ユーリオが気まずげに頭を搔く。
彼はジーンの育った場所を貶したと思っているのだろう。しかし、ジーンとしてはむしろ納得する気持ちだった。確かに、太陽神殿ほどの規模の組織が一枚岩である方が珍しいだろうし、あれだけ教典に違いがあるのだから、それぞれを支持するものが派閥を作って優位に立とうとするはずだ。
それなのに、何故自分はその争いに巻き込まれていないのか。ふと頭に浮かんだのは、上司であり孤児時代の恩人でもある人物だった。
彼なら、ジーンの行動範囲を調整することで派閥の争いを目にする事態から遠ざけることも出来るかもしれない。ではあの人も、派閥に属しているのだろうか。
ジーンは両手で握ったほうきの柄を見つめたまま、言った。
「派閥、あったのかな。それこそ、争いも。私が遠ざけられていたのかも」
「ん…」
ユーリオが曖昧に相づちを打つ。ジーンは思いついて尋ねた。
「あの」
ユーリオの肩が少しだけ揺れた。
「リトナの太陽神殿支部は、どういう派閥なのでしょうか?」
ユーリオは、少しだけ口の端を上げて微笑んだ。その顔はどこか困っているように見えた。




