疑惑六、その神殿は排他的ですか
「え…?」
ジーンはきょとんと聞き返した。
振り返ると桟橋に、厳しい形相をした短髪の大男が立っていた。
「人の船で何をしていると聞いているんだ。答えろ」
「すみません!私は…ぅわぁっ!?」
ジーンは慌てて立ち上がろうとして、よろけた。かろうじて船べりにしがみつく。
男は警戒を解かず、へっぴり腰のジーンをじろじろと観察している。
「見ない顔だ。それに海に不慣れときた。娘、お前何者だ」
ジーンはこの辺りで少し落ち着いてきた。
急に怒鳴られ咎められて、驚いたが、考えてみれば単純なことだ。この船は神殿のものなのだから、リトナを愛する民が見たら、見知らぬ小娘が大事な神殿の船にいたずらしていると思ってもなんら不思議ではない。
「申し遅れました、私はジーン・エレナンと申します」
男は、強面の顔をさらにしかめた。
「エレナン?まさか、太陽神殿の回し者か」
エレナンとは、『エレナの』という意味の姓だ。だからジーンの本名を聞けば、誰でも出身地が予想できる。ただし、地名がもとになった姓はそう珍しいわけではない。エレナでは神殿出身の孤児が神殿を出る際に、姓が不明だと、皆エレナンの姓がつけられるほどだ。皆と言っても、神殿から出る者はそう多くはないが。
そんなわけで出身地は明らかだが、そこからすぐに神殿の回し者だと結びつけたことが、この男の立ち位置をはっきり示していた。
ジーンは胸の中で呟く。――海神殿内の人間だ。保守的な、というか、本来当たり前の考え方の。
ジーンは一つ息を吸い込んで、落ち着いた微笑みを浮かべようと努めた。
「おっしゃるとおり、私は太陽神殿から参りました。数日前からこちらの海神殿にお世話になっております」
「太陽神殿の人間が何の用だ。リトナで仕事なら、おまえ達の支部に行けばいいだろう」
知らなかったとはいえその通りなので、ジーンの営業スマイルも引きつりを抑えきれない。
「…申し訳ありません。その、私の不勉強で、上司の指示のまま海神殿のご厄介になってしまいました」
言い終わるより早く、ふん、と鼻を鳴らされる。
「それならば即刻船からも神殿からも出て行ってもらおう」
そう出来るものならしたい、しかしこれはあくまでも仕事なのだ。対職場向けの曖昧な笑みを示しても、相手はいっこうに引かない。
さあ、かくなる上は、婚約者候補として絶賛お見合い中ですと自己紹介するべきかと覚悟を決めかけたときである。
「あれ?バーナム帰ってたの?」
ジーンは聞き覚えたその声にほっとしかけて、慌てて唇を引き締めた。何をこの男の登場で安心しているのだと。
「ユーリオ!」
バーナムと呼ばれた男は、ユーリオにも声を荒げる。
「あんたは私の留守中に何をしていたんだ!こんな娘を神殿に入れたんですか!?」
びりびりと鼓膜が破れるかというほどの大音量で、男は怒鳴った。ジーンは場違いにもこの声は海の上をどこまで響き渡ったのだろうと考えてしまった。
「こんな娘って、やだなあバーナム。失礼な言い方するなよ」
「ユーリオ!」
「バーナム」
彼は激しもせず、大声も上げなかった。けれど、その声はしんと波をも静まらせたように思えた。
「俺は神官長として受け入れたんだよ」
バーナムが苦虫をかみつぶしたような顔で口を閉じる。
「バーナム、こちらジーン。エレナから来た俺の婚約者候補だよ」
「…ふざけているんですか?」
「このでかいのは、バーナム。うちの副神官長」
「ユーリオ!何ですかその婚約者というのは!?私は聞いていませんよッ」
「あ・あの!」
「なんだ?!」
「あくまでも候補なので!一時的なものなので!」
くわっとバーナムの目が見開かれる。
「当たり前だ!」




