交通と施設
両親の真意がどこにあるのか、千佳は少しずつ理解し始めていた。しかし、生まれ育った町を否定されたような寂しさと、このままあっさりと引き下がるわけにはいかないという意地が、まだ彼女の胸の奥でくすぶっている。
湯呑みを両手で包み込み、指先に伝わる温もりで心を落ち着かせようとしながら、千佳は地方暮らしの利点をもう一度引っ張り出した。
「でも、東京の満員電車よりは車で通勤する方が楽でしょ。自分の車で移動できるんだから。天童なら車があればいいじゃん。東京みたいに電車にぎゅうぎゅう詰めにならなくていいし」
テレビのニュースでしか見たことのない、押し潰されそうなほど人が詰め込まれた朝の通勤電車。それに比べれば、プライベートな空間が保たれ、好きな音楽をかけながら移動できる車通勤のほうがずっと人間らしい生活ではないか。そう訴えかける娘の言葉を、晴行は頭から否定することはしなかった。
「車そのものは便利だ。問題は、みんなが同じ時間に同じ道を走ることだ。国道十三号、毎朝走ってるだろ」
ストーブの上のやかんが、微かに湯気を上げている。晴行は言葉を選ぶように少し間を置き、先ほども触れた国道十三号線の渋滞を、単なる朝は混むという日常茶飯事の愚痴としてではなく、地方都市が抱える道路構造そのものの問題として解き明かしていった。
首都圏の都市部では、主要な幹線道路に加えて、細かな生活道路、バイパス、高速道路、そして縦横に走る鉄道網など、目的地へ向かうための手段と経路が網の目のように張り巡らされている。一つの方法が絶たれても、別のルートを選ぶことができる。
一方、地方都市の構造は違う。周辺の広い地域から中心部へ向かうための交通手段が、限られた数本の幹線道路に極端に集中しやすいのだ。
「天童の場合、十三号線みたいな主要道路が生活圏を縦に貫いている。そこに、通勤、通学、買い物、さらには大型トラックの物流まで、まったく違う目的を持った車が同じ時間帯に一斉に集まってくる」
晴行の指摘に、千佳は高校時代の通学風景を思い浮かべた。雨の日など、親に車で送ってもらうときのあのじれったいほどのノロノロ運転。
「東京みたいに、一本の路線が駄目なら次の線に乗ればいい、ってわけじゃないんだ。事故でも工事でも雪でも、主要な道が一つ詰まれば、その影響をまともに食らうしかない」
普段なら片道二十分で着くはずの場所が、朝の時間帯というだけで四十分近くかかることは珍しくない。そこに雪という要素が加われば事態はさらに悪化し、普段の三倍近い一時間半を車の中で過ごすことさえある。
だからこそ、地方の車社会というものを、自分の好きな時間に自由に移動できるという表面的な感覚だけで語ることはできないのだと晴行は言う。
「東京だって電車が止まることあるじゃん」
「東京近郊なら、電車が遅れたら会社に着くのが遅れる。でも、こっちは雪が降ったら、そもそも家を出る時間を一時間早めることになるんだ」
それは、雪国の社会人が当たり前のように受け入れている珍しくないことだった。だが、晴行は決してどちらが優れていると決めつけたいわけではない。
「東京の満員電車が嫌なら、無理して東京に住む必要はない。千葉に住んで、千葉の中で働けばいいんだ。でも、車社会だから地方の方が移動は楽と一括りにはできないってことだ」
それでも、千佳はまだ完全には腑に落ちていなかった。満員電車に揉まれるよりは、早起きして車に乗る方が精神的には楽なのではないか。
「でも、車があるなら好きなところへ行けるじゃん」
少しむくれたように唇を尖らせた娘を見て、晴行はかすかに口元を緩めた。
「そうだな。だから次は、その『好きなところ』がどれだけあるかの話だ」
晴行の視線が、千佳をまっすぐに捉える。話題は、交通手段そのものから、その交通手段を使ってアクセスできる施設の数と質の差へと移っていった。
天童という町は、決して不便な田舎ではない。郊外型の大型商業施設もあるし、スーパーやドラッグストアも点在している。飲食店もチェーン店から個人店まで揃っているし、映画館だってある。生活に最低限必要なものが揃わない、いわゆる買い物難民になるような町ではないのだ。
しかし、晴行が問題にしているのは、施設の有無という単純な二元論ではなく、日常生活における選択肢の分布だった。
「地方ってな、店が一軒もないわけじゃないんだ」
「じゃあ何が違うの?」
「一つの場所に集まりすぎるんだよ」
晴行の言葉に、千佳は週末の光景を思い出した。地方都市では、周辺の広い地域を含めて利用される大型商業施設が、数えるほどしか存在しない。そのため、休日になると天童市内だけでなく、近隣の市町村からも大勢の人が同じ目的を持って一つの場所へ一斉に車を走らせることになる。
「天童で買い物する人間だけが来るわけじゃない。周りの町からもこぞって車で来る。だから、店そのものはバカでかくても、客が一気に集中するんだ」
千佳の脳裏に、週末の大型スーパーの広大な駐車場が浮かんだ。いくら広くても車で埋め尽くされ、空きスペースを探して徐行しながら何周もぐるぐると回り続ける車の列。ようやく車を停めても、レジには長蛇の列ができている。
「東京みたいに店が多すぎて人があちこちに分散するんじゃなくて、こっちは『みんながここへ行く』になりやすいんだ」
晴行は、これを単純に地方は店が少ないという言葉では片付けなかった。彼が伝えようとしているのは、住民が生活する上で必要とする施設の絶対数よりも、選択肢の代替性が致命的に欠けているという点だった。
「この店が混んでたら別の店へ行く。この病院が駄目なら別の病院に行く。この映画館が満席なら別の映画館を探す。そういう逃げ道が、日常の中にどれだけあるかだ」
地方では、大型商業施設や主要な店舗が特定の地域に一極集中しているため、その逃げ道が極端に少ない。結果として、いくら立派な店が存在していても、住民が肌で感じる便利さは、単純な人口密度の低さだけでは測れないのだ。
「人が少ないから空いてる、とは限らないんだよ」
千佳の中には、都会は人が多くてどこも混んでいるが、地方は人口が少ないからどこへ行ってもゆったりしているという思い込みがあった。しかし、晴行はその固定観念を鮮やかにひっくり返した。
「人が少ないんじゃなくて、選択肢が少ないからこそ、人が同じところへ集まることがある」
この構造は、買い物だけでなく飲食店にも全く同じことが当てはまる。休日の昼時になれば、国道沿いのファミリーレストランや人気のラーメン店、あるいはSNSで話題になったカフェなどには、周辺地域から客がどっと押し寄せて何時間も待つことになる。
「東京なら、入った店が満席だったら、すぐ隣や向かいの別の店を探せる。でもこっちは、その『次』の店が、同じような距離に何軒もあるとは限らないだろ」
「でも、車で少し移動すればいいじゃん」
すかさず言い返した千佳に、晴行は静かに首を振った。
「その『少し』が、車で三十分なんだよ」
車があること自体が問題なのではない。車に乗ることが生活の絶対的な前提になることで、目的の店を諦めて別の選択肢へ移るという行為そのものに、多大な時間と労力がかかってしまうのだ。晴行は、地方都市特有の不便さを、田舎だから何もないというありきたりな言葉ではなく、代替先までの距離という極めて現実的な尺度で捉え直してみせた。
千佳は少し言葉に詰まったが、それでもまだ手札は残っているとばかりに身を乗り出した。
「でも、天童には温泉があるし、蔵王も近いじゃん。キャンプ場もある。スキー場だって生活圏内でしょ。首都圏から高速に乗って何時間もかけて行くような自然豊かな場所に、休日ふらっと行けるんだよ」
それは山形で暮らす人間にとって、大きな利点のはずだった。晴行は、その部分については深く頷いて肯定した。
「ああ、それは天童の本当にいいところだ」
「でしょ?」
得意げに笑みを浮かべた千佳に、晴行は冷や水を浴びせるのではなく、ひどく現実的な問いを投げかけた。
「ただ、それを年間何回使う?」
千佳の笑顔が、ぴたりと止まった。
晴行は、非日常のレジャー施設の距離と、日常的な生活上の選択肢とを明確に分けて考えていた。確かに天童高原スキー場なら車ですぐに行ける。有名な温泉街も目と鼻の先だ。美しいキャンプ場もあり、雪の季節になれば良質なパウダースノーでスキーやスノーボードが楽しめる。
しかし、それらは毎日、あるいは毎週末の日常として使う施設ではなく、特定の季節や個人の趣味に強く依存するレジャーなのだ。
「スキーが大好きなら強い。毎週のようにキャンプに行く人間なら強い。毎日温泉に入りたいなら強い。でも、お前がこれから毎週必ずスキーをするのか?」
「……しない」
千佳は力なく答えた。最後にスキー板を履いたのは、中学校の授業だったかもしれない。
「じゃあ、それは『住んでいるだけで毎日得をする便利さ』とは、まったく別の話だ」
晴行はさらに言葉を継ぎ、都市圏側に広がるレジャーの選択肢の豊かさを示した。
「千葉に住んだからって、毎週遊び呆けて東京へ行けって話じゃない。ただ、必要なときに自分の意思で選べるってことだ」
首都圏の地図を広げれば、そこには温泉地や観光地だけでなく、大規模なテーマパーク、水族館、美術館、映画館、劇場、展示会、最新の商業施設などが、電車で移動できる範囲に無数に存在している。東京ディズニーリゾートのような巨大な施設だけではない。規模の小さな個展、期間限定のポップアップイベント、単館系の映画館、ライブハウス、演劇、博物館、マニアックな専門店など、その日の気分に合わせて何をするかを選ぶための候補そのものがずっと多いのだ。
「お前が『今日はこれをやりたい』と思ったとき、その候補が手の届く範囲に何個あるかなんだ」
地方では、豊かな自然や歴史ある温泉など、一つ一つの観光資源の質が非常に高い場合がある。しかし都市圏では、そうした特定の大きな観光資源に頼らなくても、無数の細かな選択肢がモザイクのように集まって日常を彩っている。
「自然が好きなら自然に行けばいい。映画が見たいなら映画を見る。芸術に触れたければ展示を見る。雨が降ったからといって、予定が全部潰れるってことも少ない」
千佳は小さく抵抗するように呟いた。
「天童だって映画館くらいあるよ」
「ああ、ある。でも、一つあることと、いくつかの中から選べることは違うんだ」
晴行のその言葉が、静かな居間に深く響いた。
千佳は、反論の代わりに再び地方の自然環境を持ち出そうとした。
「でも、都会の人だって毎週遊び歩くわけじゃないでしょ」
「もちろんだ」
「だったら、普段の生活は天童でも十分に楽しいじゃん」
晴行は深く頷いた。
「その通りだ。普段の生活が天童という箱の中で満足できる人間なら、それで何の問題もない」
しかし、晴行の言葉はそこで終わらなかった。父親としての、そして人生の先輩としての静かな熱がこもっていた。
「問題は、『満足できる』ということと、『選べる』ということは根本的に違うってことだ」
地方都市の強みは、自然、温泉、スキー、果樹園など、特定の目的に対しては他の追随を許さないほど強いことにある。一方で、都市圏の強みは、何かの分野が一つ突出していることではなく、多数の小さな選択肢が近距離に密集して存在していることにある。
晴行は、娘の想像力を促すように、雨の日の休日を例に挙げた。
「晴れてるなら山へ行けばいい。雪ならスキーにも行けるだろう。でも、休みの日に朝から雨が降っていて、急に友達や恋人と二人で出かけようとなったらどうする?」
千佳は視線を泳がせ、頭の中で雨の日の天童の地図を描いた。
「映画……とか」
「あと?」
「イオン」
「あと?」
「カラオケ」
「それから?」
千佳は言葉に詰まった。それ以上が、すぐには思い浮かばない。車に乗ってどこかへ行くにしても、屋内で丸一日時間を潰せるような場所は限られている。
晴行は、答えられない娘を責めたりはしなかった。
「それが悪いって話じゃない。俺も母さんも、そうやってこの町で楽しく生きてきた。ただな、お前がこれから大学へ行って、新しい世界を知って、友達を作って、恋人ができて、仕事をして、何十年も暮らしていく。その途方もない数の休日を考えたときに、『今日は何をするか』を選べる幅がどれだけあるかというのは、人生において結構大事なことなんだ」
ここで初めて、千佳は自分が思い描いていた住環境というものが、いかに家が広いかや、自然が近いかといった、目に見えるわかりやすい条件だけで構成されていたかに気づかされた。
本当に大切なのは、家のドアを開けて外へ出たあと、どれだけの場所へ向かうことができるのかということ。一つの施設が混んでいたとき、どれだけスムーズに別の場所へ逃げられるのかということ。年齢を重ねて趣味が変わったとき、新しい楽しみを見つけられる環境があるのかということ。雨が降ったとき、大雪が降ったとき、あるいは平日の夜に急に思い立って何かしたくなったとき、それでも自分を満たしてくれる選択肢が残っているのかということ。
晴行は、ゆっくりと語りかけた。
「便利ってのは、スーパーやコンビニが家の近くにあることだけじゃない。『これが嫌だったら、別のところへ行ける』という自由があるってことでもあるんだ」
その瞬間、千佳の頭の中で、第一章から続いていた両親の言葉が、一本の明確な線となって繋がった。
家を買うときの土地選びも、毎日の通勤の道のりも、週末の買い物の環境も、そして、休日の過ごし方も。
両親は天童が悪いと言っているのではない。ただ、天童という場所で選べるものと、千葉という場所から選べるものでは、人生における選択肢の数と、何かあったときの代替性がまったく違うのだと教えてくれているのだ。
晴行は最後に、ふっと表情を和らげてこうまとめた。
「俺が言いたいのは、『千葉へ行けば全部幸せになる』なんて夢物語じゃない。向こうへ行けば、向こうなりのストレスや不便も当然あるだろう。それでも、お前が何かを嫌になったとき、別の道や別の場所を選べる可能性が高い。それが、若いお前には大きな武器になるんだ」
千佳は、膝の上に置いた自分の両手を見つめたまま、言葉を返せなかった。ストーブの微かな燃焼音と、壁にかかった時計の秒針の音だけが、静かに流れている。
明確な答えは、まだ出ていない。ただ一つ確かなのは、「大学を出たら天童へ戻る」という自分が思い描いていた未来を、これまでのように無条件で、疑いもなく思い描くことは、もうできなくなっているということだった。




