椿
「(今日も……中田くんはかっこいい……。でも、そんな今日も私は中田くんに告白できない訳で……)」
茉莉(まつり)は暖房の入った暖かい教室の隅からそっと愛しい人の姿を見ていた。
茉莉は学校の帰り道、友達と別れた後、ふぅ、とため息をついた。考えるのは中田のこと。このままではあっという間に冬休みに入ってしまう。
とぼとぼとうつむきながら歩いていると、視界の真ん中に赤い椿が唐突に出た。びっくりして前を向くと、エプロンをした外国人がにっこり笑って椿を差し出していた。
「椿、どうぞ。お代はいりません」
「え、あ、ありがとう……ございます……」
茉莉が椿を受け取ると、花売りは語りかける。
「椿は花を丸ごと落として散る為、『潔い』と言われているんです」
「そう……なんですか……」
茉莉がそう言うと花売りは、ええ、と去っていった。
茉莉は家に帰って母親から花瓶を貰い、水を入れて椿を差した。
机に置いて椿を眺める。
「(『潔い』……かぁ……。私も潔くなれればなぁ……)」
茉莉は中田を好きになったきっかけを思い出す。
教師に言われて社会科の資料を運んでいた時。重い……なんて思っていたら、
「持とうか?」
そう言って手伝ってくれた。たったそれだけ。でも好きになるには充分だった。
それから、中田の良いことが目についた。どんどん好きになった。
好きだと伝えたかった。けど……。
「(勇気が出ない……。たったそれだけ)」
学校の休み時間、中田は男子達とちょけていた。
「なぁなぁ! お前、好きな奴とは上手くいってんの?」
「ちょっ……大声で言うなって……!」
噂では知っている。中田には好きな人がいることを。だから……このまま……何も言わない方が……傷つかずに……。茉莉はそう思っていた。
帰り道、茉莉はいつものように友達と別れた後、ため息をついてとぼとぼと歩いていた。
すると、うつむき加減の目の前に真っ赤な椿が現れた。顔を上げるとあの時の花売りだった。
「椿、どうぞ。お代はいりません」
「あ、はい……」
茉莉が椿を受け取ると、花売りは笑って言う。
「椿が花を丸ごと落とすのは、鳥に蜜を効率良く吸って、花粉を運んでもらうからだそうですよ。つまり、次の命に繋げる為ですね」
「次の……」
茉莉は椿を見る。
「他にも理由はありますが、それがあなたの一歩になるなら」
「えっ」
茉莉が聞き返そうとした時には花売りはもうどこかへと行った。
茉莉は家に帰って新しい椿を花瓶に差す。
「次の命……か……」
自分が次へ進む為……。茉莉は中田に告白することを決めた。
昼休み、茉莉は校舎裏に中田を呼び出した。
「永江(ながえ)、どうかした?」
茉莉は心臓をばくばくさせながら震える声で言った。
「な、中田くん……わ、私っ中田くんのことが好きですっ!」
中田は目を丸くした後、気まずそうに返した。
「ごめん。俺、好きな奴がいるから、永江の気持ちには応えられない」
「そっ……か」
見事に玉砕。けれど、茉莉の心はどこか晴れやかだった。自分を誇れる気がした。次に、進める。そう思った。
「でも……」
「?」
中田が何かを言おうとするのを茉莉は待った。中田は気恥ずかしそうに言った。
「嬉しかった。ありがとう」
茉莉はそれを聞いて笑った。
「うん!」
時は流れて終業式を迎え、明日からは冬休みだ。告白できたのだから悔いは無い。
友達と帰ろうとすると、クラスメイトの大野から校舎裏に来てくれと呼び止められた。なんだろうと思いながら友達には先に帰っててと言った。
校舎裏に一緒に行くと大野は顔を赤くして茉莉に告げた。
「永江、俺、永江のことが好きだ」
「へ?」
いきなりのことにぽかんとする茉莉。
「中田のことが好きっていうのは知ってた。だから諦めようと思った。でも、フラれたって聞いた。最低だけど俺にもチャンスがあるかもって。こんな俺で良いなら付き合ってください」
大野は頭を下げて左手をこちらへ出す。
「(ああ……次へ繋げるって……こういうことなんだ……。私の勇気が大野くんの勇気になったんだ)」
茉莉は大野の手を取った。
「こちらこそ、よろしく」
頭を上げた大野は赤い顔で泣きそうな表情をしていた。
「あなたの勇気が、別の人の勇気になったのです。それはとても素晴らしいこと。お幸せになってください」
花売りは今日も人々に花を渡す。幸せを紡ぐ為に。




