彼岸花
綾人(あやと)は彼岸花が昔から苦手だった。何か、不吉な気がして。
しかし、綾人が大好きな祖母は幼い綾人の頭を撫でながら言う。
「彼岸花はな、優しい花なんよ」
そう言う祖母は優しい顔をしていた。
大きくなってから調べてみると、土葬の時代に遺体をネズミやモグラから守る為に墓地に毒性のある彼岸花を植えていたのだそう。
そんな祖母は綾人が大学生になって、彼岸花が咲き誇る季節に死んだ。彼岸花が祖母を連れていった気がした。
綾人は祖母の死を認められなくて、一度も墓参りに行けていない。
本当にピークを過ぎたのかというくらいまだまだ暑い季節、綾人は大学の帰路に着いていた。
早くクーラーのある家に帰りたい……そう思って足早に歩いていると、目の前に一本の彼岸花が現れた。前を見ると、エプロンを着けた外国人が彼岸花の束を抱えていた。
「彼岸花、どうぞ。お代はいりません」
「あ、ああ……どうも……」
綾人は戸惑いながらも彼岸花を受け取った。
「毒があるので気をつけてくださいね」
花売りは笑う。
「あ、知ってます……」
花売りは満足そうに去っていった。
一人暮らしのマンションに帰った綾人は使っていないコップに水を入れ彼岸花を差した。
涼しい部屋で彼岸花を見ていると、祖母との思い出がよみがえってきた。
遊びに行くと、いつも美味しいお菓子をくれた。
綾人の知らない遊びを教えてくれた。
親と喧嘩をしてふてくされていると、優しく諭してくれた。
いろんな話をしてくれた。
綾人は祖母に頭を撫でられるのが好きだった。
綾人は机に突っ伏して腕に顔を埋めた。
「なんで死んじまったんだよ……ばあちゃん……」
絞り出すような涙声でそう言った。
綾人はいつものように大学の帰路へと着いた。すると、また目の前に彼岸花が差し出された。
「どうぞ」
以前の花売りだ。でも、今度は受け取る気にはなれなかった。
「……俺、彼岸花嫌いなんで」
立ち去ろうとする綾人に花売りは声をかけた。
「確かに、赤い彼岸花の花言葉には『悲しい思い出』というものがあります。けれどその他にもあるのです」
綾人は足を止めた。
「『再会』。あなたの大切な方は、あなたを待っているのではないですか?」
「なんで知って……」
目を丸くする綾人に花売りは彼岸花の束を差し出した。
「行ってあげてください」
綾人は……彼岸花の束を受け取った。
綾人は家に帰ると彼岸花の束を見る。
「再会……」
思い出すのは祖母の優しい笑顔。
「俺は……」
週末、綾人は祖母の墓に来た。彼岸花の束を抱えて。
少し墓の掃除をして、花立てに彼岸花を差す。そしてしゃがみこむ。目をつむり手を合わせて墓に話しかけた。
「ばあちゃん、遅くなってごめん。俺、どうしてもばあちゃんが死んだことに向き合えなかった。でも俺がこんなんじゃ、ばあちゃん、天国で安心して暮らせないよな」
綾人は目を開ける。
「俺、しっかり生きるから。いつかあの世でばあちゃんに会った時、胸を張れるように。だから見守っててほしい」
綾人は立ち上がる。
「また、来るから。彼岸花を持って」
祖母を守ってもらう為に。祖母が優しい花だと言っていた彼岸花を。
綾人は祖母の墓を後にした。
少し、彼岸花を好きになれたかもしれない。
「愛しい人との別れは辛いことです。けれど、我々生者はそれでも生きていかねばならない。あなたの心が軽くなることを願います」
花売りは行く。花を受け取った誰かが歩んでいけるように。




