ひまわり
「おはよ~!」
日向(ひなた)はいつものように学友に笑顔で挨拶をする。
「お、日向おはよ~」
そんな日向の周りには自然と人が集まる。
「今日も良い笑顔だね~。日向の笑顔はひまわりみたいだ」
日向はにっこり笑って言う。
「えへへ~、私はひまわりみたいなのが自慢なのです~」
日向は学友達とわいわい話ながら教室に向かった。
「日向~やっぱ無理?」
「ごめん! 家のことやらなきゃだから」
日向は顔の前でぱちっと手を合わせた。放課後、友達に遊びに誘われるがいつもの如く断る。
「そっか~。しゃーない」
「ごめんね」
「気にしないで」
そう言ってカラオケに向かう友達の後ろ姿を見て、日向は寂しい気持ちになった。
「(私も……みんなと遊びたいな……。カラオケとか行きたい……)」
とぼとぼと帰路を歩いていると、目の前に突然ひまわりが現れて日向は驚いた。
「ひまわりをどうぞ。お代はいりません」
外国人の花売りがひまわりを日向に差し出していた。
「あ……」
日向は暗示する。いつもの笑顔。いつもの笑顔。
「ありがとう!」
それはまさにひまわりのような笑顔だっただろう。しかし花売りは少し悲しそうに微笑んで言う。
「あなたの心を大切にしてあげてください」
日向はどういう意味かわからずに、ひまわりを受け取った。
家に帰ってひまわりを花瓶に生けると、日向の仕事が始まる。
洗濯物を取り入れて、たたんで、掃除をして、家族の料理を作る。
そして、弟の陽太(ようた)の部屋へひまわりを持って様子を見に行く。
「陽太~、調子はどう?」
陽太はベッドに横になっており、日向を見ると顔をしかめた。
「うざ」
「気分悪い?」
「お前のせいで」
陽太はいつもこうだ。病弱で、世話をする日向に暴言を吐く。それでも日向は笑って接する。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、今日ひまわり貰っちゃった! どう?」
日向はひまわりを出すが陽太の仏頂面は変わらない。
「この歳で花に喜ぶとか馬鹿じゃねぇの?」
「……そっか」
それでも、日向は笑った。
「ご飯、持ってくるから」
「また不味い飯かよ。食わされるこっちの身にもなれよ」
それでも、日向は笑った。これが自分の役割だから。
陽太に文句を言われながらご飯を持っていき、食べ終われば片付ける。
自分の夕食も食べながら両親の帰りを待つ。
両親は陽太の治療費を稼ぐ為に共働きをしていつも遅い時間に帰ってくる。
食器を片付け、洗い物をしていると玄関の扉が開く音がした。日向は手を拭いて笑顔で出迎える。
「お母さん! おかえり!」
「ただいま~。あ~今日も疲れたわ~」
「ご飯あるよ」
「ありがと~。日向がいてよかったわ」
その言葉に日向はチクリと胸が痛む。それでも日向は笑って言う。
「あのね! お母さん、今日学校でね……」
「お母さん疲れてるからまた今度ね」
『また今度』が永遠にやって来ないことは今までの経験から知っている。父親も同じようなものだ。
皆の分の洗い物をして、風呂に入ると、時計の針は遅い時間を指す。
これから、まだ学校の宿題をしなければ。教科書とノートを鞄から取り出し、自然とため息が漏れた。
机の上に飾ったひまわりを見て日向は呟く。
「なんだか、ひまわりでいるの疲れちゃった」
夏休み前、文化祭の出し物を決める時間。日向のクラスは演劇に決まった。さあ、配役はどうしようかというところでクラスメイトの一人が手を挙げて立ち上がる。
「主役は日向が良いと思う! だってこんな元気が貰える主人公、ひまわりみたいな日向がぴったりじゃん!」
周りの者達も「確かに」と賛成の模様。日向だけが違う。
家事に、弟の世話に、学業に……さらに演劇の主役の練習? 日向の体が小刻みに震える。
「じゃあ、主役は日向に決定……」
ダァン!
日向は机を叩いて乱暴に立ち上がった。椅子がガランと転がる。
皆の視線は日向に集まる。日向はせきを切ったように叫んだ。
「もう嫌!! 毎日毎日毎日毎日……。私はひまわりなんかじゃない!! 都合のいい存在なんかじゃない!!」
日向はそう言って教室を飛び出した。
街を駆けていると、目の前にひまわりが差し出された。反射的に立ち止まる。あの花売りだ。
「ひまわり、どうぞ」
日向は叫ぶ。
「私、ひまわり嫌い!!」
日向の言葉に花売りは優しく微笑んだ。
「ひまわりはひまわり。あなたはあなたです」
花売りの言葉に日向は、はっとした。
「どうぞ」
日向はひまわりを受け取った。
公園のベンチでひまわりを眺めながら日向はぽつりと言う。
「ひまわり……やめちゃおっか」
日向は家に帰ると自分の分だけの家事をした。洗濯物も料理も掃除も自分の分だけ。なんて楽なんだろう。
夕飯を食べていると、陽太がよろよろと階段を下りてきた。
「なぁ……俺の飯は……?」
そんな陽太に日向はあっけらかんと言う。
「無い」
「は?」
陽太は目を丸くする。
「お姉ちゃん、もうあんたの世話する気ないから」
「は……? なに……俺が死んだらどうする訳……?」
「死ねば?」
陽太はその場に座りこんだ。
食器を片付けているとインターホンが鳴った。モニターを見ると担任の先生だった。日向は玄関を開ける。
「凪沙(なぎさ)、これ、鞄だ」
「ありがとうございます」
「少し、話をしようか」
「はい」
日向は自分の状況を先生に話した。先生はただ黙って聞いていた。そして日向が話し終わると口を開く。
「そうか……。今まで気づかなくて悪かった。凪沙の家のことは先生がご両親や行政に相談するから、もう何も心配しなくていい」
なんだ、こんな簡単なことだったんだ。もっと早くこうしていればよかったと日向は思った。
そうこうしているうちに両親が帰ってくる。先生は両親に話をする。両親は戸惑っているようだ。
「あの……今まで日向がやってくれていたから問題無いんです……。ねぇ? 日向?」
日向はそう言う母親を一刀両断する。
「私が犠牲になって成り立つ家庭なんて滅べばいい」
両親は驚いた顔をしていた。
バイトでも始めてさっさとこんな家出よう。日向はそう考えた。
次の日、学校に行くと、日向の周りにクラスメイト達が集まってきた。特に仲の良い女子が話しかけてくる。
「日向……ごめん。ウチら日向のこと、なんにもわかってなかった……。日向に甘えてたと思う。日向のこと、もっと教えて。もう日向に嫌なことしないように。ウチら……日向と友達でいたいから……」
日向は笑って言った。
「うん」
その笑顔はもうひまわりのようではなかった。だが、それでいい。日向は日向なのだから。
「人のイメージとは厄介なものです。けれどあなたは自分を取り戻せた。もう大丈夫。あなたの道を進んでください」
花売りはひまわりをくるくる回しながら去っていった。花を必要としてくれる人の下へと行く為に。




