カーネーション
「うるせぇ!! クソババア!!」
「真衣(まい)……!」
真衣はいつものように母親と喧嘩をして家を飛び出した。
「(クソクソクソクソ……!)」
真衣はイラつきながら夜の街に繰り出す。仲間のところに行けば、きっと嫌な思いを忘れて楽しく過ごせるだろうから。
そんな時。
「お嬢さん」
駆ける真衣の前に一輪のカーネーションが差し出された。真衣はびっくりして思わず立ち止まる。
「カーネーションはいかがですか? もうすぐ母の日です。お代はいりません」
外国人がエプロンをしてバスケットに詰めたカーネーションの一つを掲げていた。
真衣は吐き捨てるように言う。
「母の日なんて親に感謝できる環境にいる奴がやるおめでたい文化だ。俺には関係ねぇ」
けれど、真衣の言葉に花売りはにっこり笑う。
「では、あなたにお一つどうぞ」
真衣はなんだか毒気が抜かれてついカーネーションを手にした。
仲間の下へカーネーションを持って行くと「なぁにそれー」と笑われた。
朝になって家に帰ると、家には誰もいない。母親はパートに行ったのだろう。
真衣はとりあえず空き缶に水を入れてカーネーションを差した。自分の部屋に持っていき、カーネーションを眺める。
思い出すのは母親との記憶。
昔はあんなじゃなかった。母親はいつも真衣に優しくしてくれた。
けれど、父親と離婚してから母親は変わった。
勉強しなさい。勉強して良い学校に入りなさい。良い学校に入って良い会社に就職しなさい。
呪いのように毎日毎日言われ、毎日毎日遅くまで勉強した。
本当は漫画やアニメを観たかった。ゲームをしたかった。友達と遊びたかった。たくさん眠りたかった。
中学受験に受かると、母親は学費の為に仕事を増やした。親子が顔を合わせる時間は減り、勉強の時間が増えた。冷えたご飯はとても不味かった。
このままでは自分が壊れてしまうと思った真衣は、エスカレーター式で高校に上がった際にわざと暴力事件を起こして退学になった。母親は烈火の如く怒ったが、もうそんなことは知らない。自分は自由に生きるのだ。
そうして今の仲間とバイトに出会った。今までの人生を取り戻すかのように楽しかった。その代わり、母親とは毎日のように喧嘩をする。
バイト代も貯まってきたし、そろそろ一人暮らしでも始めようかと真衣は思い始めていた。
カーネーションを見て、何故か寂しくなったが。
真衣が眠って起きてくると、ダイニングには母親がいたテーブルの上に何やら紙がたくさん置かれている。
母親は真衣に気がつくと、顔を輝かせて紙を胸の前に掲げる。
「ねぇ、真衣。大学行かない? 高卒認定試験に受かれば大学にも……」
真衣は母親のその言葉にキレた。
「ふざけんじゃねぇ!! 勉強勉強勉強勉強……俺はお前の道具なんかじゃねぇんだよ!! 俺の青春を奪っておいてまだ言うか!!」
真衣は怒りの感情のまま家を出た。
「(ふざけんなふざけんなふざけんな……!)」
涙が溢れてくる。無理解の母親に対する呆れか、それとも……。
もう一人暮らしをしてやろう。あんな奴と一緒に暮らすのは無理だ。
「お嬢さん」
そう考えていると、いきなり目の前にカーネーションが出てきた。真衣は立ち止まって差し出した主を見ると昨日の花売りだった。
花売りはにっこり笑って花を真衣に捧げる。けれど真衣は激昂しながら言う。
「俺はあんな奴とは縁を切るんだ!!」
そう叫ぶ真衣に花売りは優しく微笑みかける。
「どうせ最後なら、思いの丈を全てぶつけてからでも遅くはないのでは?」
「……」
真衣は花売りの言葉に不思議と落ち着いた。
「どうぞ」
花売りから、カーネーションを受け取った。
真衣は公園のブランコに座ってカーネーションを眺める。
『ねぇねぇ! お母さん! 今日はお母さんを描いてきたの!』
『あら! 嬉しいわ! よく頑張ったのねぇ』
母親との、楽しかった時の思い出がよみがえる。
毎日、嬉しかったこと、誇らしかったこと、いろんなことを母親に話した。母親はいつも笑って聞いてくれた。
公園や遊園地で一緒に遊んだこと。母親は真衣が楽しめるように全力を尽くしてくれた。
真衣は立ち上がった。
「これで……最後だからな……」
真衣は家に歩を向けた。
家に帰ると母親はダイニングのテーブルでうなだれていた。
「なあ」
真衣が声をかけると驚いたようにこちらを見る。
「真衣……?」
真衣は、自分の気持ちを口に出す。
「俺は勉強よりも大切なことがたくさんあんだ。だから母さんの言いなりにはならない」
いつもの怒りに任せた言い方ではない。ちゃんと、伝えようと思って伝えた言葉だ。
真衣の言葉に母親は目を丸くして、その後力なく笑った。
「お母さんね……お父さんと離婚してから支えが失くなって途方に暮れたの。だから真衣にはそんな思いはしてほしくなかった。でも……結局それが真衣を苦しめてたのね。真衣の気持ち……考えてあげられてなかった。……母親失格ね」
真衣は母親の気持ちを初めて聞いた。だから、自分の本当の気持ちも伝えようと思った。
真衣はカーネーションを母親に差し出す。
「親子をやり直さねぇか? まずはあったけぇ飯を一緒に食べるところから」
母親は驚いた顔をした後、一筋の涙を流した。
「ありがとう……真衣……」
母親はカーネーションを受け取った。
その後、真衣は夜遊びをやめ、母親はパートを減らした。
「今日はオムライスよ。真衣、好きだったわよね?」
「ん」
真衣はスプーンでオムライスを口に運ぶ。
「どう?」
真衣は笑って言った。
「うまい」
「親子関係とは難しいものです。しかし、あなた達ならきっと大丈夫。お互いを大切にしてください」
花売りは、今日も誰かに花を渡す。ほんの少しの魔法と共に。




