スズラン
「でさ~」
「えーホントー?」
もう仕事の時間が始まっているというのにぺちゃくちゃお喋りをしている社員。そんな社員に近づく影が。
「口じゃなくて手を動かしたらどうなの?」
「……」
「……」
その言葉に社員達は黙る。当の本人は言うだけ言って自分の仕事に戻った。
斎藤 唯斗(さいとう ゆいと)。これが彼の通常運転だ。
童顔で低身長。男にしては少し高い声。見た目だけで言えば彼はモテるだろう。
しかし、その性格と毒舌から彼に近寄る者はいないし、恋人とは一ヶ月も持たない。
別にそれでいいと思っていた。これが自分だ。寂しくなんて……ないと。
会社帰り、道を歩いていると声をかけられた。
「スズラン、いかがですか? お代はいりません」
見ると、エプロンを着けた外国人が花を差し出していた。別に断る理由もなかったから唯斗は受け取ることにした。すると花売りは言った。
「スズランには毒があるので注意してくださいね。生けた水にも染み出すので」
そうなのか。初めて知った。唯斗はスズランを見ながら言う。
「なのに結構よく見るよね。人気なの?」
花売りは微笑む。
「ええ、とても」
「ふーん」
家に帰ると唯斗は空き缶に水を入れてスズランを差した。花瓶なんて洒落た物は持っていない。
机の上にスズランを置いた唯斗はそれをじっと見る。
「お前は僕みたいだ。可愛い見た目して毒があるんだから。でもお前は僕と違って愛されてる。……羨ましいなんて思ってないさ」
唯斗はそう呟いた。
仕事の休憩時間、コーヒーでも飲もうかと自販機に向かうと、女性社員が女性社員に囲まれていた。なんだかものものしい雰囲気だ。
「だからさ、小此木(おこのぎ)さんに勉強してもらおうと私達の仕事を振ってあげるって言ってるの。もっとありがたがりなさいよ」
囲まれている女性社員は涙目で震えている。
ああ、いじめか。くだらない。唯斗はそちらに向かった。
「じゃあ、決定ね」
「あのさぁ」
女性社員達は驚いて唯斗の方を見る。
「いじめとかダサいよ? 何? この子が若いから嫉妬してんの? うわぁ」
唯斗がそう言うと、女性社員達は顔を真っ赤にして去っていった。
後に残った小此木という女性が唯斗に頭を下げる。
「ありがとうございます……」
しかし唯斗は……。
「あのさぁ、君も黙ってないでなんか言い返したらどうなの? だからいじめられんじゃん」
小此木はぽかんとしていた。
「また助けてもらえるなんて甘い考えはしないでね」
そう言って、唯斗もその場から離れる。
なんにもない日常とは突如として崩壊するもので。
唯斗は次の日、上司に呼び出された。
「斎藤くん、君、前原くん達にパワハラをしたそうだね」
前原……前原……ああ、昨日のいじめ主犯格と唯斗は頭を回転させる。
「日頃から君の言動は問題視されている。今日は注意で済ませるが、次は処分を下すからね。これを機に改めなさい」
唯斗は拳を握り締めた。
仕事場に戻ると、女性社員のクスクスという笑い声が聞こえた。
唯斗はなんだか人生がどうでもよくなった。
このまま、自分を押し殺して、良いように扱われて。そんな人生を送るのだろうかと考えて帰り道を歩いていると、目の前に花を差し出された。
「スズラン、いかがです? お代はいりません」
「はぁ……」
この前の花売りだ。唯斗はされるがままスズランを受け取る。
「浮かない顔ですね」
「あんたには関係ない」
唯斗はいつものように毒を吐く。……いや、ただの八つ当たりかもしれない。
けれど、花売りはそんな唯斗にも優しく微笑む。
「スズランが毒があるのに愛されてる理由がわかりますか?」
「?」
いきなりなんだろうと唯斗は思う。とりあえず答えてみる。
「可愛いから?」
「それもあります」
何か含みを持った言い方に唯斗はイライラして不機嫌そうに聞いた。
「じゃあ正解は何?」
花売りはにこにこと笑って言う。
「スズランは毒ごと愛されてるのです。あなたのことも、丸ごと愛してくれる人はいます」
まるで自分のことを知っているかのような言い方。唯斗は花売りに詳しく話を聞こうとしたが、その前に花売りはどこかに行ってしまった。
家に帰って空き缶にスズランを差す。
「俺のことを丸ごとね……」
なら、自分がいるべき場所はあそこではないかもしれない。次のプランなんて考えてない。けれど、唯斗は紙とペンを出して退職届を書き始めた。
退職届を出す為に出社すると、また小此木が女性社員達に囲まれていた。
「なんで頼まれた仕事やってないの? 私達に逆らう気?」
唯斗はどうせ最後だし……と近づく。声をかけようとすると、小此木が口を開いた。
「あれは先輩達の仕事です! 私に押しつけないでください!」
唯斗を含め、その場の全員が目を丸くした。その後、女性社員、前原は反抗された怒りで顔を赤くし、手を振り上げた。
「生意気を言うな!」
小此木は体を固くするが振り上げられた手は小此木まで届かなかった。その手は唯斗が握って防いだから。
「斎藤……さん?」
小此木は驚いているようだ。
「これって普通に傷害罪だよ?」
女性社員……前原は驚いたようだが、すぐに余裕のある表情に戻る。
「斎藤さん、いいんですか? もうあなた後がないんでしょう?」
しかし唯斗も余裕のある表情を浮かべる。
「別にいいよ。だからたっぷりとパワハラしてあげる。結婚できなくて焦って若い子をいじめるようなおばさん」
唯斗がにっこり笑ってやると、前原達はまた顔を赤くしてどこかへと消えていった。
「あの……斎藤さん……」
小此木はおずおずと唯斗に話しかける。唯斗は小此木に向き直り、言った。
「あんたもやるじゃん。見直した」
小此木は唯斗の言葉に驚いた後、笑った。
「斎藤さんのおかげです。退職する前に言ってやろうと思って」
「退職?」
小此木はうなずく。
「実家のパン屋を継ごうと思って。なんだか会社は私に合わないみたいなので」
「奇遇だね。僕も会社辞めようと思ってたところ」
「斎藤さんも?」
「ここはきっと僕のいるべき場所じゃないから」
唯斗はふっと笑う。
「次の就職先は決まってるんですか?」
「いいや」
唯斗は首を振る。
「じゃあ……」
小此木は恐る恐るといった様子で言う。
「一緒にパン屋さんやりません……?」
「へ?」
唯斗はつい間抜けた声が出た。
「なんで僕なんかと……?」
「あの、あの……斎藤さんとなら……楽しいかなって……」
唯斗は思っても無い小此木の言葉にびっくりする。
「いいの? 僕、口も性格も悪いモラハラ野郎だけど?」
小此木はもじもじしながら告げる。
「斎藤さんがいたから、私は勇気が出たんです……。そんな斎藤さんが好きなんです」
唯斗は花売りの言葉を思い出す。
「本当に毒ごと愛する人がいるなんてね……」
「あのっ……! どうですか……?」
唯斗は笑って答えた。
「よろしくね。えーと、下の名前……」
「木実(このみ)です!」
「はい、じゃあ木実と僕は今日から恋人ということで」
「はっはい……!」
顔を真っ赤にする木実のことを可愛いなんて思った唯斗だった。
二人が継いだパン屋は元々の常連の人達もおり、そこそこ盛況だった。
唯斗は相変わらず口が悪かったが、木実がフォローしたおかげで『そういうキャラ』として一部の層に人気が出た。
度々、木実が嫉妬するのだが、唯斗は「僕は木実のもんじゃん」なんてナチュラルに言うものだから結局イチャイチャの投下材となるだけであった。
「いらっしゃいませー!」
木実の元気な声が店内に響く。
レジの横にはガラス細工のスズランが置いてあった。
「見た目も毒も、愛してくれる人は必ずいます。あなたは自らの行動でその人と一緒になった。どうぞお幸せに」
花売りは、また次の迷える人間の下へと行く。それが、花売りの使命だから。




