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保育士、虐待観察にっき。  作者: みょんたま
武田ゆみ先生の場合。

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7/9

しょーもない虐待。でも、虐待。

 東京にいた頃。

 奈良に引っ越すと決まってから、保育士や幼稚園教諭になろうと思い立った。

 親戚が幼稚園を経営していることもあって、昔から身近な仕事だったのだ。


 奈良に引っ越しが決まる2年前から準備を始めて、

 資格が取れてから引っ越しの日取りが決まった。


 保育士の勉強をしている間、YouTubeでたくさんの実習動画を見て、

 親戚の幼稚園でも働かせてもらって、

 そして実習をさせていただいた幼稚園でもたくさんのことを学んだ。


 私は幸せなことにとてもいい先生に当たった。



 挨拶は、ハグかハイタッチをして、一人一人、丁寧に。

 歌は、子どもたちのリクエストも取り入れる。


 喧嘩をした時には、攻撃した子どもだけ叱ってはだめ。

 必ず、原因を聞くこと。

 そして、怒り方、気持ちの伝え方を教えること。

 なぜ、怒りが湧いたかを、相手に伝える方法を教えること。


 子どもに怒鳴らない。

 怒らない。

 叱らなくてはいけない時に、もしも泣いていたら、

 まずは抱きしめて、

 落ち着いたら、目を見て、

 ゆっくりと、対話をすること。



 子どもは、言ってすぐに実行できない。

 自我があるから。

 してはいけないことを、すぐにやめれるとは思わないこと。



 教育実習の日誌を見ると、

 教えていただいた先生が記してくれた言葉たちが並ぶ。


<時間をかけて、教えること>

<子どもたちは、常に見ています>

<先生に憧れてもらえたら、それは素敵な先生であると同時に、素敵な大人になれたと言うこと>


 すごく印象に残っていることがある。



「れいちゃんに嫌いって言われたー!先生怒ってー!!!」


 タクマくんは、女の子に嫌いと言われて、泣きながら先生に訴えかけてきた。すると先生は言った。


「タクマくんは、どうして悲しいのかな?」

「嫌いって言われたから」


「うん、れいちゃんに嫌いって言われたから、悲しいね。どうしてれいちゃんに言われたら、悲しいのかな」

「わかんない」


「あそこにある石に、タクマくん嫌いって言われたら? 通りすがりの二度と戻ってこない風に嫌いって言われたら?」

「悲しいけど、別にいい」


「れいちゃんだから、友達だから、悲しいんだよね?」

「うん」


「仲良くしたいのに、好きなのに、嫌いって言われたから、悲しいんだよね?」

「うん」


「じゃあそれを言ってみようか。タクマは好きだよって」

「うん!」


 その後、タクマくんは、れいちゃんに向かって「タクマはれいちゃんが好きだぞ!!」と叫んでいた。なぜ悲しいのか、気持ちを代弁してもらって、すっきりした顔だった。その後二人は少し言い争いはしたが、都度先生が入る。


「それはね…」


 優しく、諭す。

 説明してあげる。

 わかるまで、丁寧に。

 そして二人が仲良く遊び出すと、先生はそっと離れる。



 ーーーー


 朝、出勤する車の中で、東京でのことを思い出していた。

 車を駐車場に停めると、他の先生たちが続々と出勤し出していた。


「もうマジで無理やねんけどあの保護者!」

「うざいよな子どももうざいし。あったまおかしいやろ」


 私は、思わず目を逸らした。

 東京にいた頃は、そんなこと、一度も聞かなかったのだ。


 いや、愚痴ることはあった。

 でもこんな園の近くで、保護者がいつ通るかもわからないような場所では、初めてだった。


 その日は冬なのに少し暖かくて、外遊びの時間になった。

 園庭が狭いので、30分ずつしか外に出れない。

 全クラス、交代しながら、少しずつ遊ぶ。


「武田さん、30分経ったら部屋戻ってきてな。」


 そう言われて、半分ずつ外に出る。

 走ってはいけない。小さな園児もいるから。


(うーん、なんだかなぁ)


 朝から何もせずに、早い子は7時半から10時頃までずっと部屋の中で遊んでいるだけだ。


(ここの保護者って、なんとも思わないのだろうか。ていうか、知らないのかもしれないな。まさかこんな少ししか遊んでないなんて、思わないだろうから)


 悶々としながら、部屋を出た。



 その時だった。

 玄関先で靴を脱いでいた私の足元に、小さな靴がひとつ、コロコロと転がってきた。


(?)


 飛んできた方向を見ると、大柄な保育士と、その前に小さな男の子がへたり込んでいた。


「靴!逆や言うてるやろぉ!」


 保育士が、足で、その子の靴を、蹴った。

 察するに、靴を履こうとしたその子が地面に並べた靴の左右が逆だったようだ。


「っわああああん!!!」

「なーかーなーい!教えてるだけやんー」


 急な、猫撫で声。


 男の子の方に目をやる。

 耳の上部が少し凹んでおり、

 つり目、平坦な鼻、小さく丸みを帯びた輪郭。


 「ゆみせんせー!一緒にあーそーぼー!!!」


 私はハッとして外を見た。私の横で靴を履いていたゆり組のみんなは、全員すでに外に出ていて、私だけが呆然と玄関口に立っていた。

 慌てて外に出る。すぐにたくさん声をかけられて、滑り台や鉄棒、砂遊び、次々に一緒に遊ぶ。


 その後は着替えにご飯にと忙しく、あっという間に帰り時間になった。


 ーーーー


 ガチャ 

 ぎゅ・・・


 車の中で、ハンドルを握ったその瞬間、今日のあの出来事が思い出された。


 (どうする…)


 車を出す。


 ずっと、(どうする)って言葉だけが帰り道の間、脳内で繰り返された。


 自分の子どもの通う保育園に到着する。

 年長児と年少児二人の元気な女の子だ。

 とってもおしゃまでよく喋る。



 寝かしつけるまで、あっという間に時間が過ぎ、添い寝して、また朝が来るまで、洗い物をするその一瞬、お風呂に入って少しボーっとした時。とにかくあらゆる瞬間に、今日のあの出来事が思い出された。



 (こういうとき、どうする)


 

 そもそも私が見たのって、なんなの?

 虐待?

 あんな、靴はくってだけで虐待・・・?


 通報する?どこに?

 園長にいう?言ったら、どうなる?


 明日も早い、寝なくちゃ。

 目を閉じると、あの子の顔が浮かんだ。


 耳の上部が少し凹んでおり、

 つり目、平坦な鼻、小さく丸みを帯びた輪郭。

 多分、ダウン症だ…。


 私は延々と考えた結果。

 私は、東京の親戚のおじさん(幼稚園経営者)に電話で相談することにしたのだった。

 

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