【第18章‑1】 東大寺南の久秀屋敷(1568年)
永禄十一年の初夏。
東大寺の南に構えた久秀の屋敷には、
朝から人の出入りが続いていた。
表門の前には、
寺社の使い、
堺の商人の手代、
大和や河内の国人衆の家臣たちが並び、
順番を待っている。
屋敷の奥では、
久秀が文を広げていた。
机の上には、
三好家から回ってきた政務の文書が積まれている。
寺領の争い、
堺の座の揉め事、
河内の境界争い。
どれも急ぎの案件ばかりだった。
「次は、興福寺よりの使いでございます。」
家臣が控えの間から声をかけた。
久秀は筆を置き、
静かに頷いた。
興福寺の僧が入ってくる。
深く頭を下げ、
書状を差し出した。
「松永殿。
寺領の件、
三好家より返答がなく……
本日もお力をお借りしたく。」
久秀は書状を受け取り、
内容を確かめた。
(……また三好家は動かぬか。)
僧が下がると、
すぐに次の者が入ってきた。
今度は堺の商人の手代だった。
「松永様。
堺の町では、
海運の税をめぐり争いが起きております。
三好家へ訴えても返答がなく……
どうかご裁断を。」
久秀は、
堺の状況を頭の中で整理した。
(……堺も、三好家を頼らぬか。)
手代が下がると、
また別の家臣が駆け込んできた。
「松永様。
河内の国人衆より、
急ぎの相談とのこと。」
久秀は席を立ち、
控えの間へ向かった。
そこには、
河内の国人衆の使者が二人、
緊張した面持ちで座っていた。
「松永殿。
三好家は、
もはや我らの争いを収める力を失っております。
このままでは、
河内は乱れましょう。」
「……状況を聞こう。」
久秀は、
使者の言葉を一つひとつ確かめながら、
必要な指示を出していった。
屋敷の外では、
東大寺の鐘の音が響いていた。
夏の気配が濃くなる中、
久秀のもとには、
畿内のあらゆる問題が集まり続けていた。
(……三好家は、
名だけの柱になりつつある。)
久秀は、
机の上に積まれた文書を見つめた。
寺社、
商人、
国人衆。
畿内の者たちは、
皆、久秀の判断を求めている。
そしてこの日、
久秀の屋敷に、
さらに大きな報せが向かってきていた。
まだ誰も知らない。
その報せが、
畿内の流れを変えることになることを。




