【第17章‑9】 三好政権の中心
永禄八年の夏。
将軍義輝が討たれた余波は、
畿内の隅々にまで広がっていた。
寺社は沈黙し、
豪商は慎重に動き、
国人衆はそれぞれの陣へ引きこもった。
その混乱の中で──
三好家は、
静かに、しかし確実に
“中心”を失いつつあった。
兄弟衆は、
京の情勢を前にして何も決められなかった。
「義昭様を迎えるべきか……」
「いや、三人衆が許すまい。」
「しかし、このままでは畿内が離れる。」
議論は続くが、
結論は出ない。
三人衆は、
義栄を将軍に立てようと動いていたが、
その義栄は京に入れず、
公家も寺社も豪商も動かなかった。
三人衆の“将軍”は、
名ばかりだった。
その頃、
三好館の政務は
ほとんど久秀の手に移っていた。
寺社からの使いは、
久秀の部屋を訪れた。
「松永殿、
義昭様の動き、
いかがお考えか。」
堺の商人も、
久秀のもとへ文を送った。
――三好家との取引、
今後は松永殿のご判断に従い候。
国人衆の使者も、
久秀の屋敷を訪れた。
「松永殿。
畿内の行く末、
お聞かせ願いたい。」
三好家の名ではなく、
久秀の名が畿内を動かし始めていた。
久秀は、
その流れを静かに受け止めていた。
(……三人衆は、
名目だけの“家”になりつつある。)
三人衆は、
義輝を討った責任を負い、
畿内の信頼を失った。
久秀は、
その“空白”を埋めるように
政務・外交・兵站を引き受けていった。
それは、
奪ったのではなく、
押しつけられたのだった。
ある日、
四郎次郎の屋敷を訪れた久秀に、
四郎次郎は静かに言った。
「畿内の諸家、
皆、久秀殿を“窓口”として見ておりまする。」
「……三好家は、
どう見られておる。」
「“名目の家”にござる。」
四郎次郎は、
茶を置き、
久秀を見つめた。
「三人衆は、
義栄様を立てようとしておる。
しかし、
京は動きませぬ。
寺社も豪商も、
義栄様を将軍とは認めませぬ。」
「……」
「畿内の“実の座”は、
すでに三好家にはござらぬ。」
その言葉は、
淡々としていた。
「久秀殿。
いま畿内で動けるのは、
久秀殿のみ。」
久秀は、
静かに息を吐いた。
(……座が、
またひとつ空いた。)
将軍家の座。
三好家の座。
畿内の座。
そのすべてが、
いま空白になっている。
そして、
その空白を埋める者として
畿内の目は久秀に向けられていた。
四郎次郎は、
さらに続けた。
「義昭様を迎えるか否か。
その判断は、
三好家ではなく、
久秀殿が下すことになりまする。」
久秀は、
その言葉の重さを理解していた。
三人衆は、
名目上の“家”として残るだろう。
だが、
畿内の実務も、
諸勢力との交渉も、
将軍家の行く末も──
すべて久秀の手に委ねられつつあった。
(……ここが、
三好政権の“中心”か。)
久秀は、
静かに目を閉じた。
畿内の空気は、
確かに久秀へと流れていた。
そしてその流れは、
やがて“外からの風”とぶつかることになる。
信長の風が、
すぐそこまで迫っていた。




