【第17章‑8】 三好家の孤立
義昭擁立の噂が畿内を駆け巡るにつれ、
三好家の周囲から、
ひとつ、またひとつと
人の気配が消えていった。
最初に離れたのは、公家衆だった。
「三好家は、
将軍家の座を壊した家。」
「義昭様を迎えねば、
京は保たぬ。」
そう囁き合いながら、
三好家の屋敷を訪れる者は
目に見えて減っていった。
次に、寺社が距離を置いた。
興福寺の僧正は、
三好家からの使者に
こう告げたという。
「いまは静観いたす。
畿内の柱が立つまでは。」
その“柱”が
三好家ではないことは、
誰の目にも明らかだった。
堺の豪商たちも、
三好家との取引を絞り始めた。
「松永殿のご判断を仰ぎたい。」
「三好家の御意では動けぬ。」
そんな文が、
久秀のもとへ届くようになった。
三好館では、
兄弟衆が顔を合わせても
何も決められなかった。
「義昭様を迎えるべきか……」
「いや、三人衆が許すまい。」
「しかし、このままでは……」
議論は堂々巡りを続け、
結論はひとつも出ない。
三人衆は、
義栄を将軍に立てようと動いていたが、
京は動かず、
寺社も豪商も従わなかった。
義栄は、
将軍の名を持ちながら
京に入ることすらできなかった。
三好家の“将軍”は、
名ばかりだった。
その頃、
畿内の国人衆は
密かに使者を走らせていた。
「義昭様を迎えるべきか。」
「三好家は、
もはや畿内を束ねられぬ。」
「新たな旗が必要だ。」
その“旗”として
義昭の名が広がっていく。
三好家の屋敷の廊下は、
日ごとに静かになっていった。
かつては絶えなかった使者の往来も、
いまはほとんどない。
残されたのは、
名目だけの“家”と、
決断できない兄弟衆。
そして──
その静けさの中で、
ひとりだけ忙しく動く者がいた。
松永久秀。
寺社の使者は久秀を訪れ、
豪商は久秀に文を送り、
国人衆は久秀に意見を求めた。
三好家の名ではなく、
久秀の名が畿内を動かし始めていた。
三好家は、
ゆっくりと、しかし確実に
孤立していった。
その孤立の中心で、
久秀だけが
“座”を保ち続けていた。
(……三好家は、
もう畿内の柱ではない。)
久秀は、
その現実を静かに受け止めていた。
そして、
その空白を埋める者として
畿内の目は久秀へと向けられていた。
孤立は、
三好家を弱らせる一方で──
久秀を“中心”へと押し上げていった。




