【第17章‑7】 義昭擁立をめぐる動き
永禄八年五月。
将軍義輝が討たれた報せは、
畿内の空気を一変させた。
だが──
その混乱の中で、
ひとつの“空白”が生まれた。
将軍の座。
その座が空いた瞬間、
畿内の諸勢力は
静かに、しかし確実に動き始めた。
公家の動き
京の公家衆は、
屋敷の奥で声を潜めて囁き合った。
「次の将軍は、
誰がふさわしいのか。」
「義輝公の弟、義昭様が……」
「いや、三好家が許すまい。」
「しかし、
このままでは京が保たぬ。」
公家にとって、
将軍家は“秩序の象徴”だった。
その象徴が消えた今、
新たな柱を求めるのは当然だった。
寺社の動き
興福寺の僧正は、
密かにこう言ったという。
「将軍家の座が空けば、
畿内の秩序は乱れる。
早う“柱”を立てねばならぬ。」
その“柱”として名前が挙がったのが──
足利義昭。
義輝の弟であり、
かつて興福寺に身を寄せていた人物。
寺社にとっては、
恩を売りやすく、
扱いやすい存在だった。
豪商の動き
堺の商人たちも動いた。
「将軍家が空白では、
商いが立たぬ。」
「義昭様をお迎えし、
新たな秩序を作るべきだ。」
豪商にとって、
将軍家は“商いの保証人”。
その保証人がいなければ、
畿内の経済は止まる。
国人衆の動き
畿内の国人衆は、
それぞれの陣へ引きこもりながら
密かに使者を走らせた。
「義昭様を迎えるべきか。」
「三好家の力は、
もはや畿内を束ねられぬ。」
「新たな旗が必要だ。」
その“旗”として
義昭の名が急速に広がっていった。
三好家の迷走
三好館では、
兄弟衆が顔を合わせても
何も決められなかった。
「義昭様を迎えれば、
我らの罪が浮き彫りになる。」
「迎えねば、
畿内が離れる。」
「どうすればよい……」
三人衆は、
義昭を迎えることも、
拒むこともできなかった。
三好家は、
“座を壊した家”として
畿内の信頼を失いつつあった。
四郎次郎の分析
その頃、
久秀は四郎次郎の屋敷にいた。
四郎次郎は、
机の上に一通の文を置いた。
「義昭様、
近江にて動き始めたとのことにござる。」
久秀は、
静かに文を開いた。
「……寺社と豪商が、
義昭様を推しておるのですな。」
「左様。」
四郎次郎は、
茶を置き、
久秀をまっすぐ見た。
「畿内の“外の座”は、
義昭様を求めており申す。」
「三好家は、
どう見られましょう。」
「“座を壊した家”にござる。」
その言葉は、
淡々としていた。
「久秀殿。
ここからは、
三好家の名では動けませぬ。」
「……」
「動けるのは、
久秀殿のみ。」
その声音は、
静かだった。
だが、
その静けさの奥に
畿内全体の“流れ”があった。
久秀は、
文を閉じた。
(……義昭様を迎えるか。
迎えぬか。)
その選択は、
三好家の未来だけでなく、
畿内の秩序そのものを左右する。
そして、
その選択を下せるのは──
久秀ただ一人だった。




