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【第17章‑5】 久秀の就座

十河一存の呼び出しを受け、

久秀は三好館の奥へと進んだ。

廊下は静かだった。

だが、その静けさは

“何もない”静けさではない。

押し殺した声、

閉ざされた襖の向こうの気配、

誰かが息を潜めている気配。

三好家の内部が、

いままさに崩れかけていることを

空気が物語っていた。

上座の間に通されると、

十河一存が座していた。

その顔には、

疲労と焦りが混じっていた。

「久秀殿……

来てくれたか。」

声はかすれていた。

久秀は静かに膝をついた。

「御用にござりますれば。」

十河は、

しばらく言葉を発せなかった。

その沈黙の間に、

久秀は部屋の空気を読んだ。

兄弟衆の姿はない。

古参家臣もいない。

ここにいるのは十河一人。

つまり──

三好家は“誰も責任を負えぬ状態”にある。

十河は、

ようやく口を開いた。

「寺社が……

僧兵を動かした。」

「承知しております。」

「豪商も……

金を止めた。」

「承知しております。」

「このままでは、

三好家は……

明日にも立ちゆかぬ。」

十河の声は震えていた。

久秀は、

その震えを責めなかった。

むしろ、

ここまで追い詰められた状況で

まだ“座っている”十河の胆力を

静かに評価していた。

十河は、

深く頭を下げた。

「久秀殿。

……頼む。」

その一言は、

三好家の敗北宣言だった。

久秀は、

静かに息を吸った。

「何を、

お望みにござりまする。」

十河は、

顔を上げた。

その目には、

覚悟が宿っていた。

「三好家の政、

しばし……

久秀殿にお預けしたい。」

その言葉は、

決して大声ではなかった。

だが、

その響きは重かった。

久秀は、

すぐには答えなかった。

十河は続けた。

「兄弟衆は……

誰も決められぬ。

誰も責任を負えぬ。

このままでは、

三好家は滅ぶ。」

「……」

「寺社も豪商も、

久秀殿を求めておる。

ならば、

その座にお座りいただくほかない。」

久秀は、

静かに目を閉じた。

四郎次郎の言葉が

胸の奥で響いていた。

──“座は、空くものではない。

空けられるものにござる。”

久秀は、

ゆっくりと目を開いた。

「承知仕った。」

その声は、

静かだった。

だが、

その静けさこそが

三好家の新たな“中心”の誕生を告げていた。

十河は、

深く頭を下げた。

「……かたじけない。」

久秀は、

上座の間の中央へと歩み出た。

そこには、

誰も座っていない座があった。

長慶が座り、

その死後は誰も座れなかった座。

久秀は、

その前に立ち、

一度だけ深く頭を下げた。

そして──

静かに、

その座に腰を下ろした。

その瞬間、

三好家の空気が変わった。

重さが、

流れが、

中心が。

(……ここからだ。)

久秀は、

静かに息を吐いた。

畿内の“座”が、

音もなく入れ替わった。


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