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【第16章‑3】 久秀の孤独

永禄七年四月の終わり。

久秀は、三好館の一室にひとり座っていた。

灯を落とした部屋は、

昼であることを忘れさせるほど静かだった。

障子の向こうから差し込む光は弱く、

その淡い白さが、

かえって部屋の暗さを際立たせていた。

耳を澄ませば、

遠くで誰かが歩く音がする。

しかし、その音は

自分とは関係のない世界のもののように思えた。

(……声が聞こえぬ。)

人の声ではない。

自分の声だ。

胸の奥にあるはずの“何か”が、

言葉にならず、

形にもならず、

ただ沈んでいく。


昼、

四郎次郎の屋敷を訪れた。

竹林を渡る風は静かで、

いつもなら心が整うはずだった。

だが、

その日は違った。

「呼吸が浅い。」

四郎次郎が言った。

久秀はうなずいた。

「……深く吸えません。」

四郎次郎は久秀を見つめた。

その眼は、

人の心の奥を静かに照らす灯のようだった。

「人は、

心が疲れると、

声が出なくなる。

声が出なくなると、

自分が何を思っているのかも分からなくなる。」

久秀は、

その言葉を胸の奥で転がした。

(私は……何を思っているのだ。)

問いは浮かぶが、

答えはどこにもなかった。

夜。

久秀は再び自室に戻り、

灯を落とした。

暗闇の中で、

自分の呼吸だけが聞こえる。

長慶の病。

三好家のざわめき。

遠ざかる人々。

四郎次郎の言葉。

それらがすべて、

静かな重さとなって胸の奥に積もっていく。

(……私は、ひとりなのか。)

その問いは、

痛みではなく、

ただ深く沈んでいった。

久秀は、

初めて“自分の声が聞こえない”という静かな恐ろしさを

身体の奥で感じていた。


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