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【第16章‑2】 三好家の崩れ

長慶が倒れた翌日から、

三好館の空気は目に見えて変わった。

廊下を行き交う家臣たちの足取りは速く、

声は低く、

視線は互いを避けるように揺れていた。

誰も口にはしない。

だが、

“主が弱った”

その事実だけが、

屋敷の柱をゆっくりと軋ませていた。

久秀は、

その変化を肌で感じていた。

朝の評定の間では、

兄弟衆が小声で言葉を交わし、

外様の家臣たちは距離を取り、

豪商たちは出入りの時間を微妙にずらし始めていた。

四郎次郎は、

その様子を静かに眺めていた。

何も言わない。

ただ、

“流れが乱れ始めた”

その一点だけを確かめるように、

人々の動きを見ていた。

昼過ぎ、

久秀は廊下で声をかけられた。

「……松永久秀殿。」

振り返ると、

三好家の古参の家臣が立っていた。

その目は、

どこか探るような光を帯びていた。

「長慶様のご容体、

いかがでござる。」

言葉は丁寧だが、

その奥にある意図は隠しきれていなかった。

久秀は短く答えた。

「医者がついております。

ご心配には及びません。」

家臣は軽く頭を下げたが、

その目は久秀の背後を測るように動いた。

その視線が、

久秀の胸に小さな痛みを残した。

(……外様を見る目だ。)

三好家に仕えて数年。

長慶の信任を得てきたつもりだった。

だが、

主が弱れば、

その信頼も揺らぐ。

夕刻。

庭を歩いていると、

四郎次郎が縁側に腰を下ろしていた。

「……動き始めたな。」

久秀は立ち止まった。

「何が、ですか。」

四郎次郎は庭の松を見つめたまま言った。

「人の心だ。

主が弱れば、

家は揺れる。

揺れれば、

それぞれが自分の立つ場所を探し始める。」

久秀は黙って聞いていた。

「兄弟衆は兄弟衆で、

外様は外様で、

豪商は豪商で、

それぞれに“次”を見始めておる。」

四郎次郎の声は静かだった。

しかし、その静けさが

久秀の胸に重く沈んだ。

「……私は、どう見られているのでしょう。」

久秀が問うと、

四郎次郎は初めて久秀のほうを見た。

「そなたは、

長慶様のそばにいた者だ。

それだけで、

今は誰もがそなたを測っておる。」

久秀は息を飲んだ。

「だが、

恐れることはない。」

四郎次郎は続けた。

「流れが乱れるときこそ、

人の本性が見える。

そなたが見るべきは、

その“本性”だ。」

庭を渡る風が、

竹を静かに揺らした。

その音は、

三好家のきしむ音と重なって聞こえた。

久秀は、

屋敷全体に広がる不穏な気配を

はっきりと感じていた。

長慶の病は、

ただの病ではない。

家の柱が、

ゆっくりと、

確実に、

崩れ始めていた。


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