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【第15章‑6】 影の報告

闘茶の夜から三日が過ぎた。

朝の光が白壁に淡く差し、

三好館の庭には静かな風が流れていた。

四郎次郎は、

ゆったりとした歩みで玄関をくぐった。

隠居の身とはいえ、

この屋敷には昔から出入りしている。

案内の者も、

軽く頭を下げるだけで道を開けた。

長慶の居間の前で声をかける。

「長慶様、四郎次郎でございます。」

「入ってくれ。」

襖を開けると、

長慶は文机の前に座り、

筆を置いたところだった。

「三日も経ったな。

何やら考え込んでおったのか。」

四郎次郎は笑った。

「いやいや、

久秀様のことをどう申し上げたものかと、

少し迷うておりました。」

「迷うほどのことか。」

「ええ、まあ……

良い意味で、でございます。」

長慶は眉を上げた。

「申してみよ。」

四郎次郎は、

茶入をひとつ取り出し、

畳の上にそっと置いた。

「久秀様、

四つの茶のうち二つを正確に当てられました。

初めてにしては、

なかなかのもので。」

長慶は軽く頷いた。

「ふむ。

それで?」

四郎次郎は、

少しだけ表情を引き締めた。

「そのあと、

二人で静かに茶を点てておりました折……

久秀様が、

何気なくこう申されました。」

長慶は視線を向ける。

「何と言った。」

四郎次郎は、

久秀の声を思い返しながら言った。

「『闘茶というのは、

名物を狩り集めるには、

なかなか都合のいい仕組みだね。

十分な儲けも出ているのだろう。

もちろん長慶様もご存じのことだとは思うが。』

……と。」

長慶の目が細くなった。

「……ほう。」

四郎次郎は続けた。

「裏を知っているわけではございません。

ただ、

名物の動き、

人の震え、

座の空気……

そういったものを見て、

自然に“流れ”を読まれたのでしょう。」

長慶はしばらく黙っていた。

その沈黙は、

重くもなく、

ただ深く考える者の沈黙だった。

やがて、

長慶は口を開いた。

「四郎次郎。」

「はい。」

「そなたの目に、

久秀はどう映った。」

四郎次郎は、

少し笑みを浮かべた。

「……あれは、

香りよりも“流れ”を見るお方です。

教えて身につくものではございません。

生まれつきの勘でございます。」

長慶は、

ゆっくりと息を吐いた。

「そうか。」

その声には、

静かな決意が混じっていた。

「四郎次郎。」

「はい。」

「久秀を、

しばらくそなたに預ける。

影の道を歩ませてやってくれ。」

四郎次郎は、

軽く頭を下げた。

「承りました。

あの方なら……

いずれ“影”を動かす器になりましょう。」

長慶は、

朝の光を受ける庭を見つめながら言った。

「流れを見る者は、

いずれ影を見る。

影を見る者は、

いずれ影を動かす。」

四郎次郎は、

その言葉を胸に刻み、

静かに立ち上がった。

「では、

久秀様のこと、

しかとお預かりいたします。」

長慶は軽く頷いた。

四郎次郎は襖を閉め、

廊下へ出た。

朝の光が差し込むその先に、

久秀の未来が

静かに開き始めていた。


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