表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
73/141

【第14章‑4】 調略の静けさ

畿内を巡って戻った翌朝、

久秀はまだ薄暗い廊下を歩いていた。

城は静かだった。

人の声が少ない。

足音だけが、

木の床に淡く響く。

──揺れは、

まだ消えていない。

久秀はそう感じていた。

三好家の内側も、

畿内の外側も、

どちらも“沈黙の揺れ”を抱えている。

その揺れを、

声ではなく、

静けさで整える必要があった。


最初に向かったのは、

三人衆の一人・岩成友通の部屋だった。

友通は、

机に向かったまま言った。

「……久秀か。」

顔を上げない。

声も冷たい。

久秀は深く頭を下げた。

「畿内の流れ、

戻りつつあります。」

友通は筆を置き、

ようやく久秀を見た。

「……冬康から聞いた。

お前が走ったそうだな。」

褒める気配はない。

ただ、

“外様が出過ぎるな”という

薄い警戒があった。

久秀は、

その警戒を正面から受け止めた。

「……友通様のお心のままに。」

余計な言葉は足さない。

友通はしばらく久秀を見ていたが、

やがて視線を外した。

「……ならばよい。」

その一言で、

友通の“揺れ”は静かに収まった。


次に向かったのは、

十河一存のもと。

一存は、

槍の手入れをしていた。

久秀を見ると、

眉をひそめた。

「……お前、

畿内を回ったそうだな。」

久秀は頭を下げた。

「冬康様の仰せにより。」

一存は槍を置き、

久秀に近づいた。

「外様が出過ぎると、

家中が乱れる。」

その声は低く、

威圧があった。

久秀は、

その威圧を受け止めたまま

静かに言った。

「……一存様のお心のままに。」

一存はしばらく黙っていた。

沈黙が落ちる。

その沈黙の中で、

一存は久秀の“出方”を測っていた。

やがて、

槍を手に取って背を向けた。

「……ならばよい。」

久秀は、

その背中に深く頭を下げた。


最後に向かったのは、

安宅冬康の部屋。

冬康は、

兄・長慶の寝所から戻ったところだった。

疲れが顔に出ていた。

「……久秀。」

声は短いが、

先ほどより少し柔らかかった。

「畿内はどうだ。」

久秀は静かに答えた。

「……揺れはあります。

ですが、

流れは戻りつつあります。」

冬康は小さく息を吐いた。

「そうか。」

そして、

久秀を見た。

「……お前、

余計なことは言っておらぬな。」

久秀は深く頭を下げた。

「……冬康様のお心のままに。」

冬康は頷いた。

「それでよい。

今は“静けさ”が必要だ。」

久秀は、

その言葉の意味を理解した。

声を上げれば、

揺れが広がる。

動きすぎれば、

疑いが生まれる。

だからこそ、

調略は静けさで行うもの。

久秀は、

その静けさの中で

自分の影が伸びていくのを感じた。


廊下に出ると、

風がわずかに揺れた。

永禄三年の畿内は、

まだ不安定だ。

だが、

その揺れの中で

久秀は静かに歩みを進めた。

声を使わず、

沈黙で人を動かす。

それが、

この時代の“調略”だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ