【第14章‑3】 畿内の再編
摂津・芥川城
長慶の病が明らかになって三日。
芥川城の空気は、
さらに静かになっていた。
三人衆はそれぞれ動いているが、
足並みは揃っていない。
久秀は、
その“乱れ”を肌で感じていた。
──このままでは、
畿内が崩れる。
そう思っていたとき、
安宅冬康が久秀を呼びつけた。
冬康は、
廊下の柱にもたれたまま言った。
目は久秀を見ていない。
「……久秀。」
声は短く、
冷たかった。
「兄上が動けぬ。
三人衆も手が塞がっておる。」
ようやく久秀を見た冬康の目には、
頼りではなく“苛立ち”があった。
「代わりに、お前が走れ。」
命令だった。
理由も説明もない。
久秀は、
静かに頭を下げた。
「……仰せのままに。」
冬康は頷きもせず、
ただ言った。
「畿内がざわついておる。
寺社、商人、国人……
皆が兄上の様子を探っておる。
お前が行け。
整えてこい。」
久秀は再び頭を下げた。
その日から、
久秀は畿内を巡り始めた。
まず向かったのは、
摂津の寺社勢力。
寺の僧は、
久秀を見ると静かに手を合わせた。
「……長慶様はご静養と伺いましたが、
畿内の者どもが、少しざわついております。」
直接は言わない。
だが、
“探る”含みがあった。
久秀は、
その含みを受け止めた。
「長慶様は静養中。
畿内の政は、これまで通りに。」
僧は久秀の目を見た。
沈黙が落ちる。
その沈黙の中で、
僧は“揺れ”を測っていた。
やがて僧は、
小さく頷いた。
「……ならば、
我らも動かぬ。」
久秀は胸の奥で、
ひとつの流れが整うのを感じた。
次に向かったのは、
堺の会所。
商人たちは、
久秀を見ると静かに座を整えた。
一人が、
遠回しに、しかし鋭く言った。
「……三好家のご事情、
堺にも少し聞こえております。
なにか不都合がございましょうか。」
探り。
距離。
堺らしい礼の形。
久秀は、
茶の座敷で学んだ“流れ”を思い出した。
「堺には、
これまで通りに動いていただきたい。
流れは変わりませぬ。」
商人たちは顔を見合わせ、
やがて一人が言った。
「……承知いたしました。」
堺の流れが静かに戻った。
最後に向かったのは、
大和の国人衆。
久秀が訪れると、
国人の一人が言った。
「……長慶様がご静養と聞きます。
畿内の行く末を、
皆が案じております。」
これもまた、
直接ではない。
だが、
“答えを引き出す”問いだった。
久秀は、
その問いを正面から受け止めた。
「三好家は変わりませぬ。
畿内の安寧を守るだけ。」
国人は眉を寄せた。
「……誰が守る。」
久秀は、
短く答えた。
「……仰せのままに。」
それは、
出過ぎず、
しかし確かに“覚悟”を含んだ言葉だった。
国人たちは静かに頷いた。
「……ならば、
我らも従おう。」
久秀は、
胸の奥でひとつの確信を得た。
──流れは、
整い始めている。
芥川城に戻ると、
冬康が迎えた。
「どうだ。」
久秀は静かに答えた。
「……揺れはあります。
ですが、
流れは戻りつつあります。」
冬康は短く言った。
「ならばよい。」
それだけだった。
久秀は、
その言葉の冷たさの奥に
三好家の不安を感じた。
──これは、
まだ始まりにすぎない。
永禄三年の畿内は、
静かに再び形を変えようとしていた。
その流れの中で、
久秀は静かに歩みを進めた。




