表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
71/141

【第14章‑2】 三好家の内紛

摂津・芥川城(三好家本拠)

二条御所から戻った翌朝、

久秀は芥川城の廊下を歩いていた。

いつもと同じはずの城だが、

空気がどこか違っていた。

静かすぎる。

人の気配が薄い。

声が遠い。

──揺れている。

久秀は、

その“沈黙の濃さ”に気づいた。


三好三人衆の一人、

岩成友通が廊下の向こうから歩いてきた。

いつもは軽い足取りの男だが、

今日は歩幅が狭い。

久秀が頭を下げると、

友通は短く会釈しただけで

そのまま通り過ぎた。

言葉がない。

──声を出せば、

揺れが形になる。

だからこそ、

誰も声を出さない。


次に現れたのは、

三人衆のもう一人、

安宅冬康だった。

冬康は穏やかな男だが、

今日は目の奥に疲れがあった。

「……久秀殿。

兄上(長慶様)は、

まだ床に伏しておられる。」

その声は静かだが、

どこか張りつめていた。

久秀は胸の奥で

ひとつの線がつながるのを感じた。

──長慶様の病。

──三人衆の沈黙。

──家中の歩幅の乱れ。

揺れは、

声ではなく、

沈黙に現れる。


久秀は、

長慶の居間へ向かった。

襖の前には、

三人衆の最後の一人、

十河一存が立っていた。

一存は武骨な男だが、

今日は腕を組んだまま動かない。

久秀が近づくと、

一存は低く言った。

「……医者が入っておる。

しばし待て。」

その声は短く、

硬かった。

怒っているのではない。

不安を押し込めている声だ。

久秀は静かに頷き、

襖の前で待った。

廊下の空気が重い。

誰も動かない。

誰も話さない。

沈黙が、

家中の揺れをそのまま映していた。


やがて医者が出てきた。

一存がすぐに問いかける。

「兄上の容体は。」

医者は言葉を選ぶように、

ゆっくりと答えた。

「……熱は下がりませぬ。

しばらく静養が必要かと。」

その瞬間、

廊下の空気がわずかに沈んだ。

冬康が目を伏せ、

友通が小さく息を吐く。

誰も声を上げない。

だが、

その沈黙こそが

家中の不安を物語っていた。

久秀は、

その沈黙の重さを受け止めた。

──長慶様が動けぬ今、

家中の“距離”が乱れる。

──三人衆の足並みも、

揺れ始めている。

久秀は思った。

畿内の揺れは、

まず三好家の内側から始まるのだ。


医者が去り、

一存が久秀に向き直った。

「……久秀。

お前、昨日、京へ行ったな。

将軍は何と言っていた。」

久秀は、

義輝の短い言葉を思い出した。

「京が、落ち着かぬ──

そう申しておられました。」

三人衆の表情が、

わずかに動いた。

友通が低く呟く。

「……将軍家も不安か。」

冬康が続ける。

「兄上が動けぬ今、

畿内は……

誰が整えるのだ。」

その問いは、

誰に向けたものでもなかった。

だが、

久秀の胸に

静かに落ちてきた。

──誰が整えるのか。

その答えは、

まだ形になっていない。

だが、

その“影”は

すでに久秀の足元に伸び始めていた。


廊下の外で、

風がわずかに揺れた。

永禄三年の畿内は、

静かに、

しかし確かに揺れ始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ