【第14章‑2】 三好家の内紛
摂津・芥川城(三好家本拠)
二条御所から戻った翌朝、
久秀は芥川城の廊下を歩いていた。
いつもと同じはずの城だが、
空気がどこか違っていた。
静かすぎる。
人の気配が薄い。
声が遠い。
──揺れている。
久秀は、
その“沈黙の濃さ”に気づいた。
三好三人衆の一人、
岩成友通が廊下の向こうから歩いてきた。
いつもは軽い足取りの男だが、
今日は歩幅が狭い。
久秀が頭を下げると、
友通は短く会釈しただけで
そのまま通り過ぎた。
言葉がない。
──声を出せば、
揺れが形になる。
だからこそ、
誰も声を出さない。
次に現れたのは、
三人衆のもう一人、
安宅冬康だった。
冬康は穏やかな男だが、
今日は目の奥に疲れがあった。
「……久秀殿。
兄上(長慶様)は、
まだ床に伏しておられる。」
その声は静かだが、
どこか張りつめていた。
久秀は胸の奥で
ひとつの線がつながるのを感じた。
──長慶様の病。
──三人衆の沈黙。
──家中の歩幅の乱れ。
揺れは、
声ではなく、
沈黙に現れる。
久秀は、
長慶の居間へ向かった。
襖の前には、
三人衆の最後の一人、
十河一存が立っていた。
一存は武骨な男だが、
今日は腕を組んだまま動かない。
久秀が近づくと、
一存は低く言った。
「……医者が入っておる。
しばし待て。」
その声は短く、
硬かった。
怒っているのではない。
不安を押し込めている声だ。
久秀は静かに頷き、
襖の前で待った。
廊下の空気が重い。
誰も動かない。
誰も話さない。
沈黙が、
家中の揺れをそのまま映していた。
やがて医者が出てきた。
一存がすぐに問いかける。
「兄上の容体は。」
医者は言葉を選ぶように、
ゆっくりと答えた。
「……熱は下がりませぬ。
しばらく静養が必要かと。」
その瞬間、
廊下の空気がわずかに沈んだ。
冬康が目を伏せ、
友通が小さく息を吐く。
誰も声を上げない。
だが、
その沈黙こそが
家中の不安を物語っていた。
久秀は、
その沈黙の重さを受け止めた。
──長慶様が動けぬ今、
家中の“距離”が乱れる。
──三人衆の足並みも、
揺れ始めている。
久秀は思った。
畿内の揺れは、
まず三好家の内側から始まるのだ。
医者が去り、
一存が久秀に向き直った。
「……久秀。
お前、昨日、京へ行ったな。
将軍は何と言っていた。」
久秀は、
義輝の短い言葉を思い出した。
「京が、落ち着かぬ──
そう申しておられました。」
三人衆の表情が、
わずかに動いた。
友通が低く呟く。
「……将軍家も不安か。」
冬康が続ける。
「兄上が動けぬ今、
畿内は……
誰が整えるのだ。」
その問いは、
誰に向けたものでもなかった。
だが、
久秀の胸に
静かに落ちてきた。
──誰が整えるのか。
その答えは、
まだ形になっていない。
だが、
その“影”は
すでに久秀の足元に伸び始めていた。
廊下の外で、
風がわずかに揺れた。
永禄三年の畿内は、
静かに、
しかし確かに揺れ始めていた。




