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【第1章‑2】 祖母の手

天文九年(1540)。

久秀は七歳だった。

堺の町は朝から人の声が続き、

家の前を荷を抱えた商人が何度も通った。

奥へ進むと、音が急に消えた。

薄い光だけが畳の上に落ちていた。

祖母が呼んだ。

「おいで。見せるものがあるよ」

声は小さかったが、揺れはなかった。

名物の間はさらに奥にあった。

障子越しの光は弱く、

棚に置かれた器の影が畳に細く伸びていた。

香の匂いがわずかに漂った。

祖母は棚から茶碗を一つ取り上げた。

両手で包むように持ち、久秀の前に置いた。

「南都が焼かれる前、僧がこれだけを抱えて逃げた」

次に、別の器を取り出した。

縁に小さな欠けがあった。

「唐船が嵐に遭ったとき、残ったのはこれだけだった」

祖母の声は変わらなかった。

久秀は器の影を見た。

影は畳の目に沿って細く伸びていた。

祖母は器の縁を指でなぞった。

「名物は形じゃない。

 ここへ来るまでの道のりが、価値になる」

久秀はその言葉を聞き、

器の影をもう一度見た。

兄たちが帳簿や荷の扱いを学ぶ間、

久秀は祖母のそばに座り、

器の置かれた位置と影の伸び方を見ていた。

祖母の手は細かった。

その手が示す器は、どれも静かに置かれていた。

久秀は、その世界の入口に立っていた。


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