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【第11章‑6】近習任命と、新しい位置

縁側から立ち上がった長慶は、

庭を背にして歩き出した。

久秀は半歩後ろに控え、

主の足音に合わせて進んだ。

廊下の光は夕方の色を帯び、

柱の影が長く伸びていた。

その影の中を歩くたび、

久秀は自分の立つ場所が

先ほどまでとは違うことを

静かに感じていた。

長慶は屋敷の奥へ向かい、

家臣たちの詰所とは別の、

静かな一角で足を止めた。

「久秀。」

呼ばれた名は、

これまでよりも近い響きを帯びていた。

長慶は廊下の先を指した。

「そなたの居所を改める。」

そこには、

小さな部屋がいくつか並んでいた。

どれも余計な物がなく、

主の近くで務める者のために

整えられた部屋だった。

宗久が後ろから歩み寄り、

深く頭を下げた。

「久秀、こちらへ。」

案内された部屋は、

広くはないが、

畳は新しく、

壁には何も掛けられていない。

ただ、

部屋の隅に小さな机が置かれ、

その上には筆と紙が整えられていた。

宗久が言った。

「ここが、近習の部屋だ。」

久秀は部屋の中央に膝をつき、

静かに頭を下げた。

長慶はその姿を見て、

短く言った。

「今日より、そば近く仕えよ。」

その声は淡々としていたが、

言葉の重さははっきりしていた。

久秀は深く頭を下げた。

長慶は続けた。

「そなたには、

私の目の届かぬところを見、

耳の届かぬところを聞いてもらう。」

その言葉は、

命令というより、

務めの重さを告げる声だった。

久秀は息を整え、

静かに答えた。

「承りました。」

長慶はわずかに顎を引き、

背を向けた。

その歩みはゆっくりだったが、

迷いはなかった。

長慶が去ったあと、

宗久が久秀のそばに歩み寄った。

「久秀。」

呼びかけは、

いつもより静かだった。

宗久は、

久秀の肩にそっと手を置いた。

「……よう努めたな。」

久秀は深く頭を下げた。

宗久は、

わずかに目を細めた。

「これからは、

父の目の届かぬところで働くことになる。

だが、迷うことがあれば、

いつでも戻って来い。」

その声には、

父としての誇りと、

子を送り出す寂しさが混ざっていた。

久秀は静かにうなずいた。

廊下の向こうから、

家臣たちの足音が聞こえる。

その音は、

先ほどまでとは違って聞こえた。

──自分の立つ場所が変わった。

久秀は、

新しい部屋の畳に手をつき、

その感触を確かめた。

ここから先は、

三好家の“内側”で生きる務めだ。

久秀は静かに息を吸い、

その重さを受け止めた。


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