【第11章‑3】若き長慶との初対面
三好家の屋敷に足を踏み入れた瞬間、
空気がひとつ変わった。
廊下の板はよく磨かれ、
歩くたびにわずかに光を返す。
人の気配はあるのに、
声はほとんど聞こえない。
静けさそのものが、
屋敷の緊張を語っていた。
宗久に案内され、
久秀は奥へと進む。
曲がり角をいくつか過ぎたところで、
宗久が足を止めた。
襖の向こうから、
紙を扱う小さな音が聞こえる。
宗久は襖の前に正座し、
静かに声をかけた。
「宗久にございます。」
短い間のあと、
落ち着いた声が返ってきた。
「入れ。」
宗久が襖を開け、
久秀を促した。
部屋の中央に、
若い武将が座していた。
三好長慶。
年は二十を少し過ぎたばかり。
だが、
その姿勢には無駄がなく、
目の動きは静かで、
一点の迷いも感じさせなかった。
久秀は、
その目を見た瞬間、
胸の奥がわずかに強張った。
──この人は、
言葉よりも、
人の態度や呼吸の変化を見る人だ。
そう直感した。
宗久が深く頭を下げる。
「篠原久秀でございます。」
久秀も続いて頭を下げた。
長慶は、
久秀の礼をじっと見ていた。
その視線は、
若者を値踏みするものではなく、
“どんな呼吸をしているか”を確かめるような静けさがあった。
「顔を上げよ。」
声は柔らかいが、
部屋の空気を変える力があった。
久秀が顔を上げると、
長慶はわずかに顎を引き、
部屋の外を指した。
「参れ。」
部屋を出ると、
静かな廊下が庭へ向かって伸びていた。
その先に、
小さな茶室が離れとして建っている。
庭の砂は丁寧に均され、
踏み石がまっすぐに並んでいた。
長慶は迷いのない足取りで歩き出した。
宗久は久秀の背に手を添え、
小さくうなずいた。
久秀は息を整え、
その後に続いた。
茶室の前で、
長慶が一度だけ振り返った。
その目は、
これから何かを見極めようとする者の目だった。
──この先で、
試される。
久秀は静かに息を吸い、
茶室の戸口へと歩みを進めた。




