【第11章‑2】 三好家の屋敷へ向かう道
翌朝、
宗久は早くから支度を整えていた。
久秀が廊下に出ると、
宗久は袴の裾を軽く払って立ち上がり、
「行くぞ」と短く告げた。
その声には、
昨日までとは違う張りがあった。
久秀は深く息を吸い、
父の後ろに続いた。
門を出ると、
朝の空気は冷たく澄んでいた。
けれど、
胸の奥には、
これから向かう場所の重さが静かに沈んでいた。
道を歩くにつれ、
町の景色が少しずつ変わっていく。
商人の声が遠のき、
代わりに、
武士の足音や、
馬のいななきが耳に入るようになる。
宗久は歩きながら、
久秀にだけ聞こえるような声で言った。
「ここから先は、
言葉よりも、
人の動きを見よ。」
久秀はうなずき、
周囲に目を向けた。
武家屋敷が並ぶ一角に入ると、
空気がわずかに冷たくなったように感じた。
門の前に立つ武士たちは、
姿勢がまっすぐで、
視線が鋭い。
その視線は、
通りを行く者ひとりひとりを
確かめるように追っていた。
宗久は歩みを緩めず、
静かに言った。
「三好家は、
いま大きく動いている。
人の目つきが変わるのは、
そういう時だ。」
久秀は、
武士たちのわずかな肩の張りや、
腰に添えた手の角度に、
緊張が宿っているのを感じた。
篠原家の屋敷とは違う。
堺の町とも違う。
ここには、
“決まりごと”ではなく、
“何かが起きる前の空気”があった。
やがて、
三好家の屋敷が見えてきた。
高い塀。
重い門。
門前に立つ武士の数は、
他の屋敷より明らかに多い。
宗久は足を止め、
久秀の方を向いた。
「ここから先は、
おまえ自身の目で確かめよ。」
久秀は小さく息を整え、
門へと歩みを進めた。
武士たちの視線が、
一斉にこちらへ向く。
その視線は、
年若い久秀を値踏みするようでもあり、
何かを探るようでもあった。
胸の奥がわずかに強張る。
けれど、
久秀は歩みを止めなかった。
──ここは、
子どもでは済まされない場所だ。
そう悟った瞬間、
久秀の背筋は自然と伸びていた。
宗久が門番に名乗りを告げると、
門がゆっくりと開いた。
その向こうには、
これまで見たどの屋敷とも違う、
静かで、
重く、
深い空気が広がっていた。
久秀は一歩、
その中へ足を踏み入れた。
その瞬間、
胸の奥で何かが静かに切り替わった。
ここから先は、
“家の外”ではない。
──政の場だ。
久秀は、
その空気を確かめるように、
ゆっくりと息を吸った。




