【第10章‑6】父への報告
家の屋根が見えてくるころには、
夕の光が道の石を赤く染めていた。
久秀は、
胸の奥に言葉にならないものを抱えたまま、
家に戻った。
志乃はそっと言った。
「久秀。
お父様に、今日のことをお話ししましょう。」
久秀はうなずき、
草履を脱いで家に上がった。
座敷の襖の向こうで、
紙を扱う音が続いていた。
宗久が文を整えているのがわかった。
久秀は襖の前で息を整え、
そっと開けた。
宗久は筆を置き、
こちらを見た。
「戻ったか。」
「はい。
ただいま戻りました。」
志乃は軽く頭を下げ、
久秀の背を押した。
「久秀。
今日ご覧になったことを、お父様に。」
久秀は膝をつき、
宗久の前に座った。
胸の中に散らばっていた景色が、
順に並び始めた。
「……商人の方々は、
声は明るうございましたが、
お目が落ち着いておりませんでした。」
宗久は静かにうなずいた。
「寺の前には、
たくさんの人が集まっておりました。
僧の言葉に耳を傾けて……
皆、顔の向きが揃っておりました。」
宗久の目がわずかに細くなった。
「武家のお屋敷の前では、
門番の方々の姿勢が硬うございました。
足の向きも変わらず、
まるで何かを待っているようで……。」
言い終えると、
久秀の肩がわずかに下がった。
宗久はしばらく黙り、
そのまま受け止めるように座っていた。
やがて、
ゆっくり息をついた。
「……そうか。
今日の風は、おまえの中に入ったな。」
声は低く、
座敷に静かに落ちた。
志乃はそっと言った。
「久秀は、よく見ておりましたよ。」
宗久は久秀に目を向け、
穏やかに続けた。
「外の風は、家の中にも届く。
今日見たものは、いずれ役に立つ。」
久秀は深くうなずいた。
障子越しに夕の光が差し、
久秀の線が畳の上に伸びていた。
朝よりも少し長く、
色も濃かった。
外の風を読む。
その入口が、
静かに開いていた。




