【第10章‑3】寺の前の人だかり
商人の並ぶ通りを抜けると、
空気の音が少し変わった。
ざわめきはあるのに、
風が細く抜けていく音が混じっていた。
志乃は歩みをゆるめ、
久秀の手を軽く引いた。
「久秀。あちらをごらんなさい。」
指さした先で、
寺の門前に人が集まっていた。
年のいった人、
若い母親、
旅の途中らしい男。
それぞれが立ち止まり、
僧の声を聞いていた。
僧はゆっくりとした調子で話していた。
「……世の流れは変わる。
乱さず、見なさい。」
言葉は短く、
門前に静かに落ちていった。
久秀は志乃の袖をつまんだ。
「どうして、こんなに人がいるの……」
志乃は息を少し吸い、
やわらかく答えた。
「人はね、落ち着かないとき、
声を欲しがるのですよ。」
「声……?」
「ええ。
何が起きているのか、
これからどうなるのか。
はっきりしないときほど、
誰かの言葉を聞きたくなるものです。」
暮らしの中で見てきたことを、
そのまま置くような調子だった。
久秀は人々の顔を見た。
僧の言葉にうなずく者。
眉を寄せている者。
動かずに立っている者。
表情の向きがそれぞれ違っていた。
久秀が小さくつぶやいた。
「……みんな、心配なのかな。」
志乃はそっと微笑んだ。
「そうでしょうね。
世の中の風が変わるときは、
人の集まり方も変わるのですよ。」
久秀はその言葉を受け取り、
門前の人々をもう一度見た。
僧の声がまた響いた。
「迷わず、見なさい。」
その声に合わせるように、
人々の視線が同じ方向へ向いた。
久秀の肩がわずかに動いた。
志乃はその変化に気づき、
静かに言った。
「久秀。
人がどこに集まるか、
どんな顔で立っているか。
それも、風のひとつなのですよ。」
久秀はうなずいた。
商人の目の動きとは違う、
もっと大きな動きが、
寺の前に広がっていた。
志乃は久秀の背を軽く押した。
「さあ、行きましょう。
まだ、見ておくものがありますよ。」
久秀はもう一度だけ門前を振り返り、
志乃の後を追った。




