【序章-4】 江口の戦い
天文十八年(1549)。
畿内の情勢が、大きく動いた年だった。
長慶は、細川晴元の軍と江口でぶつかった。
戦は激しく続き、長慶は崩れなかった。
味方の動きも、敵の弱点も、落ち着いて見ていた。
戦の終わり、晴元の軍は退いた。
京都の支配は三好家の手に移った。
将軍・足利義晴は近江へ逃れた。
将軍が都を追われるのは、前代未聞だった。
畿内の中心が、完全に三好へ傾いた瞬間だった。
この勝利で、畿内八カ国が三好の旗の下に入った。
長慶は、名実ともに畿内の主となった。
だが、本人は「天下」を名乗らない。
力で押しつぶすより、状況を整えることを選んだ。
長慶の治める京都には、静かな変化が生まれている。
戦の合間に、連歌が詠まれた。
政治の席で、茶が点てられた。
名物の来歴が語られ、商人の富が流れた。
武と文が、同じ座に並んだ。
それが、長慶の時代の特徴だった。
畿内には、光が差し始めている。
争いの火は消えていないが、町には落ち着きが戻りつつあった。
堺には商人が集まり、京都には文化の香りが満ちた。
この光の季節の中心に、三好長慶がいた。
若くして畿内をまとめた武将。
信長より十年以上早く、天下に近い場所に立った男。
だが、この光の外側に、静かな線があった。
その線の中で、ひとりの男が生まれようとしていた。
この物語の主役となる男である。
光の季節は、久秀が登場するための舞台だった。
その舞台が、いま整いつつある。




