【第7章‑5】 書状の整理
夕刻、
宗久が三好家から戻ってきた。
玄関の戸が開き、
外の冷えた空気が屋敷に入った。
「戻ったぞ。」
その声に、志乃が台所から顔を出した。
「お疲れさまでございます。」
宗久は軽くうなずき、
脇に抱えていた紙束を机の上に置く。
昼のうちに仕上げられず、
写しだけを持ち帰ったものだった。
「急ぎの返答がある。
ここで仕上げてしまう。」
宗久は腰を下ろし、
紙を広げた。
久秀はそばに座り、
その手元を見つめた。
宗久が一通を指で押さえる。
「久秀。
これ、読めるか。」
差し出された紙を受け取り、
久秀は目を走らせた。
「……はい。読めます。」
宗久は少しだけ眉を動かした。
「では、この要のところを写してくれ。
返答の下書きに使う。」
筆と紙が渡された。
久秀は姿勢を正し、
筆先を紙に落とした。
さらり、と音がする。
墨が紙に吸い込まれ、
線が一定の速さで伸びていく。
宗久は横目でその動きを見た。
「早いな。」
久秀は手を止めずに答える。
「堺では、よく手伝いをしておりました。」
「そうか。」
宗久の声は短く、
どこかやわらかかった。
久秀が書き終えた紙を差し出すと、
宗久は受け取り、
目を通した。
「……丁寧だ。
字も乱れていない。」
宗久は次の紙を久秀に渡す。
「これも頼む。」
その声は、
命じるというより、任せる響きだった。
久秀は筆を動かし続けた。
宗久の手元の紙が、
ひとつ、またひとつと片づいていく。
やがて、
机の上の紙束はすべて整理された。
宗久は筆を置き、
久秀を見た。
「助かった。
堺の子は、手が早いな。」
それは、
久秀にとって初めての“家の務めとしての言葉”だった。
久秀は深く頭を下げる。
「ありがとうございます。」
宗久は立ち上がり、
軽く背伸びをした。
「これからも頼むぞ。」
その背中は、
屋敷に戻ってきたときよりも少し軽く見えた。
久秀は机の上を整えながら、
自分の手で家の仕事を支えられたことを
ゆっくり受け止めていく。




