【第7章‑4】 武家の務め
朝食が終わると、
宗久は三好家へ向かう支度を始めた。
衣の紐を結ぶ音が、
部屋の中で小さく響いた。
その動きは途切れず、
屋敷の朝を引き締めていく。
「行ってまいります。」
宗久が玄関を出ると、
屋敷の中の音がひとつ減った。
その分、部屋の空気がはっきりする。
志乃は久秀に向き直った。
「久秀。
今日は私と一緒に、家の務めを覚えましょう。」
まず廊下の掃除から始まった。
雑巾を絞る音、
木の床を拭く音。
拭いたところは、
足を置いたときの感触が少し軽くなる。
「ここは人がよく通りますから、
朝のうちに整えておくのです。」
次に庭へ出た。
落ち葉を集めると、
地面の色がそろい、
風が通ったときの音が変わった。
志乃は竹ぼうきを軽く動かしながら言う。
「庭は、家の外の顔になります。」
久秀は、
堺ではただの落ち葉だったものが、
ここでは家の手入れになることに気づいた。
続いて道具の手入れをした。
鍋の底を磨くと、
金属の面が少し明るくなり、
置いたときの音が澄んだ。
「道具は、使う人の様子が出ます。
丁寧に扱えば、長く働いてくれます。」
午前の務めが終わるころ、
屋敷の中は朝よりも音が少なく、
風が通る音がよく聞こえる。
久秀はふと、
宗久が出ていった玄関の方を見た。
──宗久は、
この家を外から支えているのだ。
その思いが胸に落ちたとき、
志乃が久秀の横に立った。
「久秀。
あなたの手で整えたところは、
家の中で一番きれいになっていますよ。」
久秀は、
自分が拭いた廊下や磨いた道具を見た。
どれも小さなことだったが、
家の中の様子は確かに変わっていた。
胸の奥の温度が、
ゆっくりと整っていった。




