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【第5章‑3】 儀式の間の準備
篠原家の奥にある一室は、
朝のうちに整えられていた。
畳は新しくはないが、
丁寧に拭かれ、
中央に三つの品が置かれていた。
ひとつは木箱。
家の記録が収められ、
蓋の木目は濃かった。
ひとつは黒い鞘の短刀。
鞘の表面は光を細く返していた。
もうひとつは筆と紙。
白い紙の上に、
筆の先がわずかに影を落としていた。
宗久はその三つの前に正座していた。
背筋はまっすぐで、
膝の上に置いた手は動かなかった。
志乃も隣に座り、
指先に小さな力が入っていた。
部屋の戸は半ば開き、
外の光が細く差し込んでいた。
光は三つの品の輪郭をはっきりと浮かばせ、
畳の色を少し明るくしていた。
宗久はその光を見つめ、
息をゆっくり整えた。
今日、久秀はこの部屋で名を改める。
篠原家の一員として歩き始める。
部屋の空気は、
人の動きが少ないぶん、
音が遠くまで届いた。
やがて、
廊下の向こうから足音が近づいた。
板を踏む音が一定で、
その間隔が徐々に短くなった。
宗久は顔を上げた。
「来たな。」
声は低く、
部屋の奥まで届いた。
儀式が始まろうとしていた。




