【第5章‑4】 名を記す儀式
久秀が部屋に入ると、
宗久と志乃が座っていた。
中央には木箱、短刀、筆と紙。
三つの品が一定の間隔で置かれていた。
宗久は久秀に目を向け、
手で座る位置を示した。
「ここに座りなさい。」
久秀は正座し、背筋を伸ばした。
膝の上の手は小さく動き、
呼吸が浅くなっていた。
宗久は木箱に手を添えた。
「これは篠原家の記録だ。
この家が歩いてきた道が書かれている。
家を継ぐとは、これを受け取るということだ。」
次に短刀へ手を移した。
鞘の黒が光を細く返した。
「これは武家として生きるための道具だ。
刀を振るうだけではない。
状況を見て、正しく動くことが大事だ。」
久秀は小さくうなずいた。
宗久は筆と紙の前に手を置いた。
「そしてこれが今日のための道具だ。
名を書くというのは、
自分で進む道を選ぶということだ。」
久秀の視線が白い紙に落ちた。
紙の上に光が薄く広がっていた。
宗久は続けた。
「今日、お前は新しい名を書く。
篠原の一員として生きる証だ。」
久秀は筆を取った。
手は小さいが、動きは一定だった。
墨を含ませ、
紙の上に筆先を置いた。
ゆっくりと、
止まらずに筆が進んだ。
──篠原久秀。
書き終えた瞬間、
紙の白さがわずかに変わって見えた。
宗久はその文字を見つめ、
静かにうなずいた。
「これで、お前の名は決まった。」
志乃も、
やわらかい表情で久秀を見ていた。
久秀は筆を置き、
深く頭を下げた。
背中の線がまっすぐで、
膝の位置もぶれなかった。
儀式は、
次の段階へ進もうとしていた。




