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【第5章‑2】  迎え入れの日

天文十六年(1547年)。

迎え入れの日の朝、

篠原家の屋敷は音が少なかった。

庭を渡る風の音が、

ひとつずつ耳に届いた。

松の下には細い暗い部分が伸び、

その輪郭が固く見えた。

宗久は玄関の土間に立っていた。

足元の土がわずかに冷たく、

息を吸うたび胸の内側が強く動いた。

家を継ぐ者を迎えるという事実が、

屋敷の空気を変えていた。

志乃は宗久の少し後ろに控えていた。

手は静かに組まれ、

指先に小さな力が入っていた。

やがて、

屋敷の前の道に足音が近づいた。

草履が土を押す音が止まり、

短い間があった。

門がゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、

小柄な少年だった。

久秀。

八つの子にしては、

立ち方が一定だった。

声を出す前に、

周囲を確かめるように目を動かした。

宗久はその視線に気づいた。

少年の目は、

物の形だけでなく、

その周りの明るさや暗さの差を見ていた。

「よう来た。」

宗久の声は低く、落ち着いていた。

久秀は小さく頭を下げた。

動きはゆっくりで、

足元の位置を確かめるようだった。

志乃が一歩前に出た。

「遠いところを、よく来てくれました。」

声はやわらかかった。

久秀はもう一度深く頭を下げた。

屋敷に入ると、

久秀は廊下の手前で足を止めた。

庭の松の下の暗い部分が、

廊下に細く伸びていた。

久秀はその線をしばらく見た。

宗久はその横顔を見ていた。

少年の目は、

暗い部分の形の変化を追っていた。

宗久の胸の内側で、

息の入り方が変わった。

この子は、

ただ家に入るだけの者ではない。

屋敷の空気を動かす者だと感じた。

久秀が廊下を歩き出すと、

松の下の暗い線がわずかに形を変えた。

その変化は、

篠原家にとって長い時間の中で初めての動きだった。


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