【第5章‑1】 篠原家の現在と家の疲れ
三好家の陪臣、篠原家は、
堺から北へ半日ほどの場所にある小さな屋敷に住んでいた。
屋敷の柱はところどころ色が薄く、
庭の松は枝を落とされていた。
土塀には細い線が走り、
触れれば粉が落ちそうだった。
当主は篠原宗久。
妻の志乃と二人で暮らしていた。
二人の間に子はなく、
宗久は三十を過ぎ、志乃も同じ年頃だった。
宗久の父は三好家の戦で早くに倒れ、
兄も戦で命を落とした。
家を継ぐ者は宗久ひとりになった。
その宗久に子がいないとなれば、
家はここで途切れる。
家臣仲間は、親族の子を勧めてきた。
「うちの次男をどうだ」
「この甥は武芸ができる」
「三好殿も、家を続けよと仰せだ」
宗久はどの話にも首を縦に振れなかった。
親族の子を迎えれば、
家の中に余計な線が増える。
屋敷の形も変わる。
宗久の胸の奥には、言葉にならない温度があった。
廊下を歩くと、
光の当たる場所と当たらない場所の差が強くなっていた。
板の色がところどころ濃く、
屋敷そのものが長い時間を抱えているように見えた。
志乃は変わらぬ手つきで家事をこなしていた。
水を汲む音、布を絞る音、
そのどれもが一定だった。
背中の線は細く、
肩の位置が少し下がっていた。
家の中の時間は、
ゆっくりと沈むように進んでいた。
そんなある日、
篠原家にひとつの知らせが届いた。
誰が持ってきたのか、
どこから回ってきたのか、
はっきりとはわからなかった。
ただひとつ、
「堺の松永家の四男を養子に迎える話がある」
という言葉だけが残った。
宗久はその知らせを手に、庭の松を見た。
枝を落とされた松の下に、
細い暗い部分が伸びていた。
風が当たると、その形がわずかに動いた。
屋敷の空気が、
少しだけ変わった。




