【第4章‑3】家の反応
祖母の部屋を出たあと、
家の中はいつもと同じ音を立てていた。
台所では湯気が細く立ち、
兄たちは帳場で紙をめくり、
父は庭の松を見上げていた。
久秀は、祖母の言葉を胸の奥に置いたまま、
その音の中に身を置いた。
日が過ぎた。
三日、五日、七日──
祖母が部屋にこもる時間は増えたが、
家の者たちは体調を気遣うだけで、
家の動きに大きな変化はなかった。
久秀は祖母の部屋の前を通るたび、
あの日の声を思い出した。
襖の向こうの空気が、
いつもより静かに感じられた。
十日ほど経った頃、
家の中の音がわずかに変わった。
祖母の部屋に、興福寺の僧が訪れたのだ。
僧の足音は一定で、
廊下の板をゆっくり押していった。
その翌朝──
祖母が家族を座敷に呼んだ。
父も兄たちも、
祖母が自ら皆を集めることに驚いたようだった。
座敷の空気は、いつもより少しだけ重かった。
畳の上の暗い部分が広く、
光の入り方が細かった。
祖母は座布団に静かに腰を下ろし、
家族を見渡した。
「久秀を、篠原家へ養子に出すことにしたよ。」
兄たちの動きが止まった。
父は短く息を吸い、
ゆっくり目を閉じた。
その仕草には、
すでに祖母から話を受けていた者の静かな重みがあった。
兄のひとりが、声を落として言った。
「……ほんまに、久秀を……?」
祖母はうなずいた。
「三好家の陪臣・篠原宗久殿より、
正式に文が届いた。
興福寺の僧を通じて話を進めている。」
兄たちは互いに顔を見合わせた。
反論も、納得もできず、
ただ呼吸の速さだけが変わった。
父が口を開いた。
「……久秀は、この家の子や。
けど……祖母さまがそう決めはったんやな。」
声は低く、
言葉の端に覚悟の温度があった。
久秀は何も言えなかった。
祖母の言葉が胸の奥にゆっくり沈み、
その温度が広がっていった。
座敷の暗い部分が、
光の角度で形を変えた。
家の中の動きが、
少しずつ別の方向へ向かっていくのを
久秀は身体で感じていた。
祖母の決断は、
久秀ひとりではなく、
家全体の流れを変えていた。
その変化の中に、
久秀は静かに立っていた。




