【第4章‑2】祖母の決断
祖母は、ゆっくりと上体を起こした。
布団がわずかに沈み、衣の端が小さく動いた。
その動きは弱く見えたが、止まる気配はなかった。
部屋の空気が、薄く張りつめた。
障子の紙に当たる光が細くなり、
床の上の暗い部分が長く伸びた。
「久秀。
少し、話をしよう。」
祖母の声は低く、やわらかかった。
病の者の声ではなく、
言葉の端に小さな力があった。
久秀は姿勢を正し、祖母の前に座り直した。
膝の下の畳が冷たく、
その冷たさがゆっくりと広がった。
祖母は枕元の小さな包みに手を伸ばし、
それを膝の上に置いた。
両手でそっと押し出す。
「お前を、外へ出すことにしたよ。」
その一言で、部屋の空気がわずかに動いた。
障子の向こうの暗い部分が細く揺れた。
久秀は言葉を出せず、
祖母の手元と包みを見つめた。
祖母は続けた。
「三好家の陪臣に、篠原という家がある。
堺から北へ半日ほどのところに、古い屋敷を構えている家だよ。」
祖母の声は一定で、
まるでその屋敷を目の前に置いているかのようだった。
「当主は篠原宗久。
三十を過ぎても子がなく、家は疲れている。
だが、武家としての形はまだ残っている。」
祖母の語りはゆっくりで、止まらなかった。
「宗久殿の父も兄も、三好家の戦で討ち死にした。
家を継ぐ者は宗久殿ひとり。
親族は自分の子を押しつけようとしているが、
宗久殿は首を縦に振らない。」
久秀は、祖母の言葉の並びから、
知らない家の姿を少しずつ拾っていった。
祖母は久秀の手をそっと握った。
手の温度がゆっくり伝わり、
その温度が久秀の指先に広がった。
「宗久殿はね……
ただ家を続けるだけでは足りないと思っている。
戦で疲れた家を、もう一度強くしたいのだよ。
そのためには、親族の子では駄目だ。
外から、新しい風を入れたいのだ。」
祖母の目が、久秀をまっすぐに見た。
「その“新しい風”に、お前を選びたいという話が来ている。」
久秀の胸の奥で、
小さな音がゆっくり動いた。
その音は一定ではなく、
呼吸に合わせて大きさを変えた。
祖母は膝の上の包みに指を添えた。
「これは、興福寺の僧に託した文だよ。
篠原家に、お前のことを伝えてもらった。」
久秀は言葉を出せなかった。
ただ、祖母の手元を見つめた。
祖母はその沈黙を受け止めるように、
ふっと微笑んだ。
「行きなさい、久秀。
流れているところで、人は育つんだよ。」
その瞬間、
部屋の暗い部分がわずかに動き、
光の細い線が畳の上に伸びた。




