【第4章‑1】病の床
秋の風が少し冷たくなり始めた頃、
祖母は布団に横になる時間が増えた。
部屋の空気は乾き、
廊下を歩く足音がいつもより遅く響いた。
家の中の声は自然と低くなり、
障子の向こうの暗い部分が長く伸びた。
朝の台所の匂いは薄く、
兄たちの動きは小さくなった。
父の咳払いは深く、
その音が家の奥へゆっくり届いた。
祖母の部屋に入ると、
薄い布団の上で祖母が静かに横になっていた。
顔の色は変わらず、
声もはっきりしていた。
ただ、目の奥の光が遠い場所に向いているように見えた。
「久秀、来たのね。」
祖母は微笑んだ。
その笑みは弱くなく、
言葉の端に小さな力があった。
久秀は枕元に座り、
祖母の手を取った。
手は温かく、
その温度がゆっくりと指先に広がった。
だが、手の奥には空気が抜けたような軽さがあった。
「大丈夫なの……?」
久秀がそう言うと、
祖母はゆっくり首を振った。
「大丈夫だよ。
ただ、少し考えごとをしているだけ。」
祖母の声は低く、やわらかかった。
部屋の外では、風が庭の松を押していた。
枝が小さく動き、
その動きが障子の紙に薄く映った。
その速さが、祖母の呼吸と同じだった。
久秀は祖母の横顔を見た。
頬の線は変わらず、
まぶたの動きはゆっくりだった。
胸の奥に小さな暗い部分が生まれ、
その形が一定にならなかった。
祖母は目を閉じ、
静かに息を吸った。
「久秀。
そろそろ、お前に話す時が来たようだよ。」
声は弱っていなかった。
むしろ、何かを切り出す者の声だった。
久秀は祖母の手を握り返した。
指先の温度が、祖母の手の温度と重なった。
部屋の暗い部分は、
夕方の光でゆっくり広がっていった。




