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【第25章‑1】 信長の呼び出し

天正四年の春。

安土へ向かう道は、まだ冬の冷たさを残していた。

川沿いの土は固く、

先を行く供の馬が土を叩く音が、

途切れず続いていた。

久秀は列の中央にいた。

槍を持つ供が左右に並び、

穂先が陽を受けて淡く光った。

その気配はあったが、

久秀の耳にはほとんど届かなかった。

風が袖を押し、

草の先がわずかに揺れた。

利休の席で感じた“断層”が、

胸の奥で静かに残っていた。

名物を使わぬ茶。

光を抑えた座。

「席は人のためにある」という言葉。

そのどれもが、

久秀の中で形にならないまま沈んでいた。

安土の城が見えた。

石垣の白さが陽に光り、

城下の道は静かだった。

供の者が馬を降り、

久秀も続いた。

城内に入ると、

足音が石畳に吸い込まれていく。

案内の武士が無言で歩き、

久秀はその背を追った。

廊下の先に、

信長のいる広間があった。

襖が開く。

信長は座していた。

背筋はまっすぐで、

視線は一点を見ていた。

久秀は膝をつき、

深く頭を下げた。

信長は言葉を発さず、

脇に置かれた包みに手を伸ばした。

その動きはゆっくりで、

しかし迷いがなかった。

包みが久秀の前に置かれた。

布越しに伝わる重さで、

久秀は中身を悟った。

九十九髪茄子。

信長は視線を落としたまま言った。

「大和の治め、見事であった」

その声は低く、

広間の空気に沈んだ。

「これは、その褒美よ」

久秀は深く頭を下げた。

言葉は返さなかった。

信長はわずかに顔を上げ、

久秀を見た。

「……美は、お前の領分だ」

その一言が、

包みの重さより深く久秀の胸に落ちた。

広間を出ると、

外の光が強く感じられた。

包みを抱えた腕に、

名物の重さが確かに残っていた。

久秀は供の者とともに城を後にした。

風が頬をかすめた。

堺へ戻る道が、

静かに続いていた。


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