【第24章‑3】 久秀と利休の会話
利休は茶碗を片づけると、
炉の前から少し身を引いた。
茶室の暗さが、
二人の間に静かな間を置いた。
久秀は口を開きかけ、
言葉を探した。
だが、
闘茶の座で使ってきた言葉は、
この空間には合わないように思えた。
利休が先に口を開いた。
「いかがでございましたか」
声は小さく、
しかし揺れがなかった。
久秀は茶碗の置かれた畳を見つめた。
名物の重さも、
勝負の気配もない茶。
その軽さが、
胸の奥に残っていた。
「……名物を使われぬのだな」
利休は頷いた。
「名物は、
座を乱すことがございます」
久秀は眉をわずかに動かした。
「乱す、か。
名物は、
人を集める力を持つものと心得ていたが」
利休は静かに言った。
「人を集める力は、
時に、人を離す力にもなります」
久秀は利休を見た。
利休の目は、
暗がりの中で静かに光っていた。
「名物が主となれば、
人は名物を見に来ます。
人を見に来るのではございません」
久秀は言葉を返さなかった。
闘茶の座で、
名物を巡って人が集まり、
争い、
価値を競い合った光景が
胸の奥に浮かんだ。
利休は続けた。
「茶は、
人が座るためのものでございます。
名物は、その座を助ける道具にすぎません」
久秀はゆっくりと息を吸った。
利休の言葉は、
静かに、しかし確実に
胸の奥の裂け目に触れていた。
「……信長様も、
そのようにお考えか」
利休は少しだけ目を伏せた。
「信長様は、
名物の力をよくご存じでございます。
ゆえに、
名物を“力”としてお使いになる」
久秀の胸に、
闘茶の座で信長が見せた
あの“扱い方”が蘇った。
利休は言葉を続けた。
「私は、
名物を“座”のために使いたいのです」
二人の間に、
再び静かな間が落ちた。
茶室の暗さが、
その間を深く沈めていく。
久秀は、
利休の言葉の意味を
すぐには掴めなかった。
だが、
自分がこれまで立ってきた座とは
まったく違う価値の上に
利休が立っていることだけは
はっきりとわかった。
利休は久秀を見た。
「久秀様。
名物は、
人の心を映す鏡にございます。
扱い方で、
その人の“座”が見えます」
久秀は目を細めた。
利休の言葉は、
まるで自分の胸の奥を
静かに覗き込むようだった。
茶室の静けさが、
二人の間に沈んだまま動かなかった。




