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【第24章‑2】 名物を使わない茶の作法

利休は炉の前に座り、

柄杓を静かに持ち上げた。

その動きには、

名物を扱うときのような緊張も、

闘茶の座に漂う張りつめた気配もなかった。

湯をすくう音が、

茶室の中心に落ちた。

その音は細く、

しかし途切れなかった。

利休の前に置かれた茶碗は、

どこにでもあるような素朴なものだった。

釉薬のむらがそのまま残り、

名を誇る気配はどこにもない。

久秀は思わず目を細めた。

闘茶の座で見慣れた“名物の重さ”が、

ここにはまったくなかった。

利休は茶碗を手に取り、

湯を注ぎ、

静かに回した。

その所作は、

茶碗の形を確かめるというより、

湯の温度と器の重さを

手のひらで受け止めているようだった。

湯気がわずかに立ち上り、

光の筋に触れて消えた。

利休は茶筅を取り、

音を立てずに動かした。

茶筅の先が湯を切る音が、

畳の上に薄く広がった。

その音は、

闘茶の喧噪とはまったく別のものだった。

久秀は息を潜めた。

茶室の暗さが、

利休の動きだけを浮かび上がらせていた。

やがて利休は茶碗を久秀の前に置いた。

その置き方は、

名物を扱うときのような誇りも、

勝負の場に漂う挑みもない。

ただ、

そこに置かれた。

久秀は茶碗を手に取った。

縁を軽く回すと、

茶碗は手に吸いつくようだった。

名物のような重みはない。

だが、

その軽さが不思議と落ち着きを生んでいた。

口をつけると、

茶の味は淡かった。

香りも控えめで、

主張がない。

だが、

湯の温度と茶碗の重さが、

舌の上で一つにまとまっていた。

久秀は茶碗を置き、

利休を見た。

利休は何も言わなかった。

ただ、

久秀の呼吸が整うのを

静かに待っているようだった。

茶室の暗さが、

久秀の胸の奥に

ゆっくりと沈んでいった。

その沈みの中で、

久秀はようやく気づいた。

この茶は、勝負の茶ではない。

名物を見せる茶でもない。

ただ“座”を作るための茶だ。

その気づきが、

胸の奥に小さな断層を生んだ。

利休は静かに言った。

「名物は、主ではございません」

その言葉は、

茶室の暗さよりも深く、

久秀の内側に落ちていった。


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