【第22章‑4】 闘茶の後、四郎次郎が久秀に語る
茶屋を出ると、
夜風がふたりの袖を揺らした。
座敷の灯りが、
路地の奥でまだ揺れていた。
四郎次郎は、
しばらく歩いてから足を止めた。
久秀も、静かに立ち止まった。
「……乱れておりましたな。」
四郎次郎の声は低かった。
久秀が、
わずかに目を細めた。
「何ゆえか。」
四郎次郎は、
闘茶の座敷を思い返した。
茶碗を持つ指、
息づかい、
視線の向き。
「名物の値が、
動いております。」
久秀が、
四郎次郎の横顔を見た。
「値が動けば、
心も動きます。」
四郎次郎は続けた。
「茶の味を見ず、
名物の行方を追う者が増えております。
心が値に縛られれば、
手も乱れます。」
路地の奥で、
誰かが銭袋を落とす音がした。
その音が、
夜気に吸い込まれた。
「……茶の場が、
変わりつつあるのだな。」
久秀の声は静かだった。
四郎次郎はうなずいた。
「味ではなく、
値と噂で動く場に。」
久秀は、
遠くの灯りを見つめた。
その灯りの向こうに、
堺の町のざわめきが広がっていた。
「これが、
いまの堺か。」
四郎次郎は、
久秀の横顔を見た。
(……様は、
この変わり目を見ておられる。)
夜風が吹き、
香の残り香がふたりの間を通り過ぎた。
四郎次郎は、
静かに言った。
「世の動きが変われば、
名物の値も変わります。
名物の値が変われば、
闘茶の場の空気も変わります。」
久秀は、
その言葉を胸に収めた。
ふたりの影が、
路地に長く伸びていた。




