【第22章‑3】 第三服・第四服(名物の噂が闘茶を乱す)
第三服の茶碗が、座敷に運ばれた。
灯りが揺れ、茶碗の影が畳に落ちた。
客たちの視線が、その影に吸い寄せられた。
亭主が、静かに茶を点てた。
茶筅の音が、座敷の空気を震わせた。
その音に、客の呼吸が重なった。
最初の客が、茶を口に含んだ。
「……これは。」
声が途切れた。
別の客が、すぐに言った。
「名物の箱が、動いたそうだ。」
その一言が、座敷を揺らした。
茶碗を持つ手が止まった。
扇を持つ者が、顔を上げた。
銭袋を握る手が、わずかに震えた。
「どの箱だ。」
「堺に戻ったと聞いた。」
「いや、京へ上がったと。」
声が重なり、ざわめきが広がった。
四郎次郎は、客の目を見た。
茶ではなく、
名物の行方を追う目だった。
(……噂が、味を消しておる。)
第三服の判定は、なかなか声が出なかった。
誰も茶碗から目を離さず、
互いの息づかいだけが座敷に残った。
ようやく小さな声がいくつか上がり、
亭主が次の服を促した。
第四服の茶碗が運ばれた。
だが、客の心はすでに別のところにあった。
茶碗の湯気を見ず、
隣の顔色をうかがっていた。
「名物は、どこへ行った。」
「三好の残りが、動かしておる。」
「いや、堺の商が……。」
噂が噂を呼び、
座敷の空気が濁っていった。
若い茶人が、茶碗を持ち直した。
その手が、はっきりと震えていた。
(……心が乱れれば、手も乱れる。)
四郎次郎は、静かに息をついた。
久秀は、座敷の奥を見ていた。
その目は、茶ではなく客の動きを追っていた。
(久秀様も、感じておられる。)
第四服の判定も、声が揃わなかった。
茶の味が、
名物の噂に押し流されていた。
座敷には、
茶の香りよりも、
金と噂の気配が濃く残った。
闘茶は、
すでに別のものへ変わりつつあった。




