【第21章‑5】 藤吉郎、摂津へ向かう
久秀の屋敷を辞した藤吉郎は、
供の者とともに
すぐに摂津へ向かった。
夕暮れの光が山の端に残り、
道の土が赤く染まっていた。
村を抜けると、
荷を積んだ馬が
ゆっくりと坂を下ってきた。
馬を引く若い者が、
藤吉郎の刀に目をやった。
その目に、
探るような色があった。
(……何かを運んでおる。)
荷の端から、
鉄の光がわずかにのぞいていた。
藤吉郎は、
その光を胸に収めた。
道の脇では、
農の者が畑を見回っていた。
その顔つきに、
落ち着かぬ影があった。
「摂津の方は、
いかがな様子かな。」
藤吉郎が声をかけると、
農の者は
少し迷ってから答えた。
「国衆の使いが、
行ったり来たりしております。」
藤吉郎はうなずいた。
(……堺と同じよ。)
川沿いの道に入ると、
荷車の跡が深く残っていた。
土が固く踏まれ、
ここ数日で
何度も往来があったことがわかった。
川の向こうから、
二人の武士が近づいてきた。
すれ違うとき、
片方が小さく会釈した。
「どちらのお方で。」
藤吉郎が名乗ると、
武士は驚いたように目を開いた。
「藤吉郎様。
堺でも、
お名前を耳にいたしました。」
藤吉郎は軽く頭を下げた。
(……名が、
先に歩いておる。)
川の流れは速く、
水音が絶えず響いていた。
その音に混じって、
遠くで槌の音が聞こえた。
村の鍛冶場で、
武具を打っているのだろう。
藤吉郎は足を止めず、
その音の方向を見た。
(……備えておる。)
摂津の空気は、
堺よりも
さらに張りつめていた。
国衆の使い、
荷の流れ、
鍛冶場の音。
そのすべてが、
この地がまだ定まらぬことを
静かに語っていた。
藤吉郎は歩みを進めた。
(ここを押さえれば、
三好の根は動けぬ。)
夕闇が迫り、
川面が黒く光り始めた。
藤吉郎は、
その光を見つめながら
次の手を思い描いていた。




