【第21章‑1】 堺の町を歩く藤吉郎
藤吉郎が堺に入ったのは、
朝の潮の匂いが町に満ちるころだった。
港には荷を積んだ船が並び、
商人たちが声を張り上げていた。
藤吉郎は歩きながら、
荷の種類と、
それを運ぶ者どもの顔つきを見た。
米、鉄、油、薬。
荷の流れが、
町の呼吸そのものだった。
商家の前では、
帳面を抱えた若い者が
藤吉郎の足元をちらりと見た。
その視線の速さに、
藤吉郎は気づいた。
(……見ておるな。)
職人の店では、
槌の音が途切れず響いていた。
刀の鍛冶、
鋳物師、
木工の職人。
どの顔にも、
戦の匂いを読み取ろうとする
かすかな緊張があった。
藤吉郎は、
店先に並ぶ品を一つひとつ確かめた。
鉄の質、
木の乾き、
縄の締まり。
それらが、
この町がどちらへ傾こうとしているかを
静かに語っていた。
通りの角で、
年配の商人が声をかけてきた。
「お侍様。
堺へは、
どちら様へのご用向きで。」
藤吉郎は笑みを浮かべ、
軽く頭を下げた。
「少し、
町の様子を見に参っただけにござる。」
商人は、
その言葉の裏を読むように
藤吉郎の目を見た。
「三好の者ども、
まだどこかに潜んでおります。
荷の流れも、
ここ数日のところ変わっております。」
藤吉郎は、
その言葉を胸に収めた。
(……やはり、違う。)
通りを進むと、
別の商家の若い者が
そっと近づいてきた。
「お侍様。
摂津の方から、
国衆の使いが
何度も往来しております。」
藤吉郎は足を止めず、
小さくうなずいた。
(国衆も迷っておる。
どちらへ付くか、
まだ決めかねておる。)
港の方から、
大きな荷車が通りに入ってきた。
荷の上には布がかけられ、
その端から鉄の光がのぞいていた。
藤吉郎は、
その光を見逃さなかった。
(……武具か。)
堺の町は、
静かに、
しかし確かに
新しい力の流れを感じ取っていた。
藤吉郎は歩みを止めず、
町の空気を吸い込んだ。
(この町は、
まだ決めておらぬ。
だが、
動き始めておる。)
潮の匂いと、
商人たちの声と、
鉄の光。
それらすべてが、
藤吉郎の胸に
一つの形を描き始めていた。




