【第20章‑1】 光秀、大和へ向かう
将軍・義昭が京に入って数日。
京の町はまだ落ち着かず、
寺社も国衆も、
どこへ寄るべきか探っていた。
その朝、
光秀は義昭の前に控えた。
義昭は、
机の上に置かれた文を指で押さえながら言った。
「三好家の残る者ども、
いまだ畿内に潜んでおる。
その扱い、
まずはそなたに任せる。」
光秀は深く頭を下げた。
義昭は続けた。
「摂津、河内の国衆の動きも定まらぬ。
どこが将軍家に従い、
どこが迷っておるのか、
確かめよ。」
光秀は静かに答えた。
「承知仕りました。」
義昭は最後に、
文を一通、光秀の前へ押し出した。
「大和を治めている者と会え。
その者が、
畿内の道をどう見ておるか、
聞いてまいれ。」
義昭は“松永久秀”という名を出さなかった。
だが光秀は、
大和を治めている者が誰であるか、
すでに調べていた。
(松永久秀。
三好家の家臣にて、
大和を押さえる者。)
光秀は文を懐に収め、
京を出た。
京を南へ下る道は、
兵の往来で荒れていた。
摂津へ入ると、
国衆の旗が道端に立ち、
兵が道を見張っていた。
光秀は馬を止め、
近くの兵に声をかけた。
「このあたり、
道は通じておるか。」
兵は慎重に答えた。
「はい。
ただ、
どの家がどちらへ付くか、
まだ定まっておりませぬ。
荷も、
通る日と通らぬ日がございます。」
光秀は短く頷いた。
(迷う者が多い。
ならば、
迷わぬように筋を通さねばならぬ。)
河内へ入ると、
道はさらに細くなり、
村々の者が遠巻きに光秀の一行を見ていた。
誰も声をかけてこない。
誰も敵意を見せない。
ただ、
様子をうかがっている。
光秀は馬上から村を見渡した。
(この地の者たちも、
まだ腹を決めておらぬ。)
だが光秀の顔には、
迷いはなかった。
大和の山道に入ると、
空気が変わった。
道は整えられ、
荷車の跡が続いている。
(松永久秀が、
道を整えたと聞く。)
光秀は馬を進めながら、
大和の町の方角を見た。
(まずは、
この者と会わねばならぬ。)
義昭の命、
畿内の情勢、
三好家の残党、
国衆の動き。
すべてを結ぶ糸が、
大和にある。
光秀は手綱を握り直した。
(迷う者には、
迷わぬように筋を通す。
そのための道を、
まず見定める。)
馬の蹄が、
大和の土を踏んだ。
光秀は、
久秀の屋敷へ向かっていた。




