【第19章‑5】 崩れる座
近江より風が立ったと聞いてから、
ほどなくして、
摂津の空気が変わり始めた。
最初の報せは、
芥川城からだった。
「松永様、
芥川城、落ちたとのこと!」
使者は土埃をまとい、
息を切らして座敷に飛び込んだ。
久秀は、
机の上の地図に目を落としたまま、
静かに言った。
「……早いな。」
家臣が続ける。
「城内の者ども、
織田勢の軍律に驚き、
抵抗もままならず……
門が開いたとのこと。」
久秀は頷いた。
(……堺と同じだ。)
略奪を禁じる軍は、
城の者の心を折る。
次の報せは、
池田城だった。
「池田城も、
落ちました!」
「勝尾寺の裏道を抜け、
織田勢が一気に押し寄せたとのこと!」
家臣たちがざわめく。
久秀は、
地図の上の細い線を指でなぞった。
(……あの裏道を使ったか。)
巻物に記した線が、
そのまま現実の動きになっていた。
さらに、
勝尾寺の名が屋敷に届いた。
「寺の者ども、
織田勢に味方したとのこと!」
「三好方、
もはや支えきれませぬ!」
久秀は、
地図を巻き、
机の端に置いた。
「……三好の座は、
もう保たぬ。」
家臣が問う。
「松永様、
三好様方は……?」
久秀は、
庭の方へ視線を向けた。
「阿波へ逃れよう。」
その声は、
淡々としていた。
屋敷の外では、
東大寺の森を渡る風が、
いつもより強く吹いた。
その風は、
摂津から大和へと流れ込み、
三好の座が崩れたことを
静かに告げていた。
久秀は立ち上がり、
家臣に言った。
「……畿内の形が変わる。
しばらく、
屋敷に人が集まろう。」
崩れた座の破片は、
すべて久秀の屋敷へと
流れ込んでくるはずだった。




